2020年度、歴史家ワークショップでは、大学院生の研究生活をサポートするイベントシリーズ Coffee Time Series の開催を支援してきました。本イベントシリーズの取り組みは、当事者でもある大学院生が運営を担った点においても画期的です。その詳細について、運営チームの皆さんに報告書を執筆いただきましたので、ここに公開いたします。

Coffee Time Series は、気軽に研究の楽しさや研究にまつわる悩みを共有し助け合える場を作りたいという思いから始まったイベントシリーズです。国内外の博士課程に在籍する大学院生が中心となって運営を行なっています。一連のイベントを通じて、孤独になりがちな大学院生・研究者が分野を横断して集まること、またアカデミアの外にいる方々とも人間的なつながりを構築することを目標として、2020年度中に計4回のイベントを開催しました。

第1回「博士課程におけるチャレンジ」(2020年7月10日開催)

初回は、「博士課程におけるチャレンジ」をテーマに、近世オランダ宗教史を専門とされている安平弦司さん(日本学術振興会特別研究員CPD)をゲストにお迎えし、25人ほどのオーディエンスの方とも話し合いの場を設けました。

安平さんにはオランダ・ティルブルフ大学での博士課程留学中での体験を中心に、研究と留学生活についてお話しいただきました。トークでは、まず、研究者を志したきっかけや動機を交えつつ、ご自身の経歴を紹介していただいた後、ラテン語やオランダ語の手書き文書の解読と英語での執筆、現地での住宅探しの困難、奨学金や助成金の獲得など、オランダでの研究生活について詳細に振り返っていただきました。また、博論執筆のスピードを上げるための具体的な方法論についても言及していだたき、実際に実践したライフハックについてお話しいただきました。安平さんからのトークに続くディスカッションでは、実際の学位取得の方法やその後のキャリア形成などについての多数の質問が、参加者の大学院生から出ました。事後アンケートでは「海外生活における困難な状況に直面する場合について、ご本人の具体的な経験を例に語られ、多くの方々がご自身の持つ経験も一緒に共有していたところなどが良かった」というご意見をいただきました。

安平さんに博士課程での実際の悩みを打ち明けていただくことで、参加者が話題を共有しやすい回となったと思います。企画者の僕自身、現在博士課程留学を行っている毎日の生活の中で共有できる悩みがいくつもあり、「自分ひとりだけが持っている悩みではないんだな」と安心しました。院生や Early Career の研究者が他の人と人格的な繋がりを作る場として Coffee Time Series が、面白いイベントとなったことが非常に嬉しいです。(槙野)

第2回「研究と育児」(2020年9月11日開催)

第2回は、「研究と育児」をテーマに、中近世エジプト史がご専門の熊倉和歌子さん(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所助教)をゲストスピーカーとしてお招きし、37名の方が参加してくださいました。熊倉さんには、「ある歴史研究者の育児・仕事・研究・生活」と題し、今回のトークの内容もあくまで一例であると断ったうえで、就職活動と出産から現在までのご自身の生活、育児・仕事・研究・生活の両立のために実践している工夫、学界への要望についてお話しいただきました。

トークでは、まず、博士号取得から就職活動と出産、出産後の仕事・研究への復帰、子育てしながらの研究や仕事、現在の日常生活などの具体的なご経験について共有してくださいました。次に、実際に工夫されている点として、パートナーとのスケジュール共有や家事の効率化など家庭のマネージメント、机に向かわないとできない作業とそうでない作業の仕分け、研究者コミュニティからの孤立を避けるための共同研究の積極的活用を挙げられました。また、学界に望むこととして、学会などのイベントは平日9時から17時までの時間帯での開催を基本としてほしい、休日開催の場合は託児所を用意してほしい、さらに公募の際には雇用条件や給与の額を明確にし育児中の研究者への支援の意思を示してほしいという要望を提示されました。その他に、大切だと思うものとして、研究したい気持ちを諦めずに持ち続けること、話のできる環境や助言をくれる人の存在などに言及されました。最後に、人生設計は特にしていなかったが、余裕のあるときに着実に研究を進めて蓄積を作っておいたことで、いざというときに自分を救ってくれるリソースが培われていたというお話がありました。

このイベントには事前質問も多く寄せられ、参加者の関心の高さが窺えました。また当日のディスカッションや懇親会でも、多くの方がご自身のご経験や悩みを共有してくださいました。ディスカッションでは、まず、ドイツに留学しながら子育てをしている纓田宗紀さん(アーヘン工科大学)から、熊倉さんのトークへのコメントとご自身のドイツでのご経験を紹介していただきました。他の参加者の方々からも多くの意見や質問が集まり、保育園探しの苦労、予定を立てることの難しさ、また学会の際に託児サービスがあっても開催地まで公共交通機関を使って連れて行くのがそもそも大変といった経験談には、子育て中の参加者のみなさんが強く共感されていました。また今後子育てに臨もうとする参加者の方からは、出産のタイミングや託児サービスの確保に関する悩みが寄せられました。しかし、このような様々な困難や苦労がありながらも、子供の存在が研究や仕事へのモチベーション維持につながっているというお話もありました。事後アンケートでは、「ゲスト以外にも子育て中の方の状況を聞けて良かった」、「同業者かつ同世代で情報交換できる人が身近にいなかったので参加できてよかった」などのご感想をいただき、同じテーマで他の研究者の体験談も聞いてみたいという要望も多く寄せられました。

イベントの中では、これまで私自身あまり話を聞く機会がなかった育児を含む研究者の具体的な生活と仕事・研究のお話を伺うことができ、自分のライフプランやキャリア形成を考える上でも非常に参考になりました。熊倉さんや参加者の方々のご経験談を伺う中で、自分の将来の生活について抱えていた漠然とした不安が少し解消されたように思います。またイベントの企画を通じて、このような情報交換の場が切実に必要とされていることを実感しました。熊倉さんが提示してくださった学界への要望を実現し、研究者が自身の生活において多様な選択をしつつ誰もが研究を楽しく続けていくことのできる環境づくりを進めるために、自分のできることを実践していきたいです。(大津谷)

第3回「アカデミア外の仕事と研究」(2020年12月11日開催)

第3回は、「アカデミア外の仕事と研究」をテーマに、中村優子さんをゲストにお招きしました。中村さんは、近代(戦前)東京における女性の移動・公共空間利用行動について博士論文を執筆された後、外資系企業に User Experience Researcher として勤務されています。中村さんには、27名の参加者に向けて、博士論文執筆中から一般企業でお仕事されていた経験を対談形式でお話しいただきました。

対談では、事前に参加者の方から質問を集った上で、主に博士論文執筆中の活動、現職に就くまでの道のり、現在のお仕事の三点を軸に中村さんにお答えいただきました。特に、建築学の中でも歴史的・社会史的アプローチを利用して博士論文を執筆された中村さんがこれまで経験されたお仕事の内容、博士論文と仕事との両立の仕方、現在のお仕事と研究活動で得た能力の繋がりについて、詳細にお話しいただきました。現在のお仕事は、博士課程でのご研究に直接関係しているわけではないものの、研究活動に不可欠なリサーチを実行する・情報を集める能力等は現在のお仕事にも活きる重要な能力であると述べられました。また、アカデミア外での就職を選択した理由についても具体的かつ率直にお話しいただき、自分の興味関心や適性を明確にした上で将来のキャリアについて考えることの重要性を指摘されました。

将来のキャリア形成・支援といったトピックは特に参加者の方の関心の高さが窺え、全体でのディスカッションや懇親会でもこの点について活発に議論が交わされました。特に文系の場合、アカデミア外でのキャリアを描きづらい、周りにロールモデルが少ないといった悩みがあり、なかなか企業で働くイメージがつかみにくいという声が挙がりました。中村さんからは、研究活動を通じて得た能力を一般企業の仕事にも応用できるとのお話があり、アピールポイントをつくることが重要であるとのご指摘いただきました。また、就職までの具体的なステップについて、最初のキャリアの積み方、CVでのアピール方法、博士課程学生の採用に積極的な企業の探し方、その他ウェブサイトなどについて情報交換が行なわれました。

イベント後には参加者の方から、アカデミア外でも様々な選択肢があるのだと前向きに考えられるようになったといった声をいただきました。引き続きアカデミア外で活動されている方の経験談をもっと聞いてみたい、企業の採用担当の方の意見も聞いてみたい、などのご意見もいただきました。院生や若手研究者にとってキャリア形成についての悩みはつきものですが、研究者が能力を活かしつつ多様なキャリアパスを描いていけるようになるための一歩として、参加者の方々と様々な視点や情報を共有できたことを嬉しく思います。(赤﨑)

第4回「研究にまつわる悩みの分かち合い」(2021年2月26日開催)

第4回は、「研究にまつわる悩みの分かち合い」をテーマに、運営メンバーと参加者の皆さんで「当事者ミーティング」を行ないました。研究を進めていくうえで、文献の読み方や整理の仕方、モチベーションの維持、研究と育児・家事・介護とのバランスなど、さまざまな悩みに出くわします。しかし、そうした悩みを誰かに相談したり、吐き出したりできる機会が少ないのではないか——そのような問題意識に基づくものです。

今回用いた「当事者ミーティング」という手法は、歴史家ワークショップが2020年6月に開催した「セルフケア・ピアサポートWS」において、一般社団法人リヴオンさんからご紹介いただきました。近い立場にある当事者間での問題解決や、各自が実現したいことの手がかりとなる「次の一歩」を見つけるための対話型ワークショップです。3-5名程度のグループに分かれたのち、ファシリテーターの進行に沿いながら、まずは1名が、「気になっていること」や「困っていること」「実現したいこと」を打ち明けます。他のメンバーは、いろいろな質問をしてその悩みの中身や背景などを掘り下げ、ついで、その解決に向けた自分なりのアイデアを出していきます。この一連の過程を通して、悩みを打ち明けた人もアイデアを出した人も、メンバー全員がそれぞれの問題解決・目標実現の手がかりを見つけることが「当事者ミーティング」の狙いなのです。

今回は、「セルフケア・ピアサポートWS」の運営に携わった藤田風花さん、安平弦司さん、吉川弘晃さんにご協力いただき、運営メンバー全員で事前にファシリテーションの練習をした上で、当日は合計16名を3グループに分けて「当事者ミーティング」を実践しました。じつは「参加者の多くが初対面、しかもオンラインという環境で、発言するのがなかなか難しいのではないか」という一抹の不安を企画者は抱いていたのですが、実際には、どのグループでも積極的に質問・アイデア出しが行なわれ、イベント後に実施したアンケートでも、「研究へのプレッシャーが軽減された」「(今まであまりなかった)他大学の院生・若手研究者と話す機会となり、充実した時間だった」といった、ポジティブな感想をいただきました。

新型コロナウイルスの感染拡大により、研究にまつわる悩みや、それを相談できる人間関係の断絶が深刻化する中、今回のような分かち合い、助け合いの場が必要であるとあらためて実感しました。今回参加してくださった皆さんも、この経験を生かして、自分のまわりにいる人たちと一緒に、ぜひ「当事者ミーティング」を実践していただけると嬉しいです。(北川)

総括・2021年度に向けて

2020年度、Coffee Time Series では、以上4つのオンラインイベントを開催しました。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行拡大後に開始されたこのシリーズではオンラインで初めて知り合いになった運営メンバーもいる中で、互いに支え合い、楽しみながら、一連のイベントを企画・運営することができました。加えて、イベントの企画・運営やファシリテーション、ピアサポートの実践などにおいて、それぞれのスキルアップを実感するとともに、立場や環境の異なる他者を理解するための意識を高めることができました。また、一連のイベントを通して、研究生活の楽しさや悩みを共有・共感したり、研究者のライフプランやキャリアの選択肢について考えたりする機会を提供できたと思います。

2021年度も引き続き、研究の楽しさやワークライフバランス、研究者のキャリア、ピアサポートなどをテーマとしたイベントを実施していく予定です。今後も、Coffee Time Series が気軽に悩みを共有できる支え合いの場として機能し、誰もが楽しく研究を続けていける環境作りに寄与できること、またイベントを通してより多くの方とお会いできることを願っています。今後扱ってほしいテーマや Coffee Time Series の運営に参加したいという意欲をお持ちの方は、こちらよりお気軽にご連絡ください

2020年度 Coffee Time Series 運営メンバー(五十音順):
赤﨑眞耶
市川佳世子
大津谷馨
纓田宗紀
北川涼太
篠田知暁
藤田風花
槙野翔