史料読解ワークショップ「議事録の内と外を読む」開催報告書

2020年10月2日(金)に、史料読解ワークショップ「議事録の内と外を読む」が開催されました。企画者である峯沙智也さん(東京大学大学院博士課程)を中心としたメンバーによる開催記を以下掲載します。

史料読解ワークショップ開催記

ワークショップの概要(峯)

2020年10月2日(金)に、史料読解ワークショップ「議事録の内と外を読む」が開催された。講師として、飯田洋介先生(岡山大学)と山本浩司先生(東京大学)をお招きし、新型コロナウイルス感染症拡大のもと(Zoom使用による)オンライン会議という形で開催が実現した。歴史学を専門とする私にとって、史料との付き合い方について第一線で活躍中の研究者から学ぶことのできる今回のワークショップを開催できたことは幸いであった。

今回のワークショップでは、歴史学に取り組む多くの人が避けては通れない議事録史料を題材に、学部生から、博士課程、そして社会人に開かれたワークショップにすることを心がけた。参加者をSNS等やホームページで募ると、数時間後には、全国(ヨーロッパからも!)の学生や国際機関に勤務する社会人を含む多様な参加者からの申し込みで枠がほぼ埋まった。

参加者には事前に課題が配布し、各自が当日までに準備を行うこととした。当時のワークショップの構成は、前半が飯田先生による「19世紀プロイセン・ドイツの省庁議事録の場合」、後半が山本先生によるイギリス王政復古期(1660-85)の議会史料を読む」の二部に分かれていた。それぞれ先生の講義の後、グループにわかれて事前課題について議論し、その後に全体での質疑応答があった。

以下の各セッションの内容及び開催方法に関する記述は、企画者である峯と協力メンバー(大下・佐藤・安藤)がワークショップ後に話し合った内容を、峯が加筆修正・再構成したものである。続いて、参加者の声を抜粋して紹介している。開催記の文面を確認いただいた講師の先生に御礼申し上げたい。

飯田先生のセッションについて(大下理世)

飯田先生の事前課題の題材は、独仏戦争(普仏戦争)勃発二日前の1870年7月17日にプロイセン海軍省にて開催された会議の議事録である。ヤッハマン海軍中将、ゴルツ海軍少佐、シュテンツェル海軍大尉に加え、外務省からはクラウゼ公使館参事官がこの会議に出席し、その議題は、アメリカでの軍艦購入による〔海軍力〕増強についてであった。事前課題として出されたのは、①この会議の議題は何か、②この議題に対する発言者の主張をまとめること、③議題に対する発言者の所属する省庁の立場の違いを確認すること、④この議事録をより深く理解するには、他にどのようなことをおさえておけばよいと思うか、というものであり、19世紀のドイツ史の前提知識がない参加者であっても取り組みやすかった。

ワークショップの講義で飯田先生は、P. ガイス/G. ル・カントレック監修(福井憲彦/近藤孝弘監訳)『ドイツ・フランス共通歴史教科書【近現代史】』(明石書店 2016)を引合いに出して史料のカテゴリー(政治的文書、行政文書、法律文書、個人的な文書、文学作品など)について説明した上で、議事録(Protokoll)という史料がどのような性格を持ったものであるかを位置付けた。その際、飯田先生は、議事録の語義を確認した後、そこには議事内容と出席者の発言が記録されるものの、それがどのレベルの会議の議事録か(国会レベルか、官公庁のどのレベルか?公開の有無は?)を確認することが、発言内容やそこでの議論の結果を位置づける上で不可欠であると説いた。続いて、事前課題の題材となった議事録が解説された。この議事録には、戦時に米国で軍艦購入することをめぐって、外務省のクラウゼが米国での中立法の故にそれが困難かもしれないことから、極秘に「シェリハ」という人物に現地調査を依頼することを提案すると、海軍側はこれに同意するとともにイギリスでも調査することを推奨したことが記されている。しかしながら、飯田先生はこの問題をめぐって、この会議以前になされた経緯を紹介し、米国での軍艦調達をめぐって外務省と海軍省の間で意見の相違があったことに触れ、その文脈をおさえてはじめて議事録に垣間見られる両者のスタンスの違いに気づくことができるのであって、議事録からだけでは読み取れないことがあること、すなわち議事録そのものに過度に期待せず、他の史資料と組み合わせて読む必要があるとして、本ワークショップの主題でもある「議事録の内と外」を示した。

続いて行われたグループワークでは、それぞれが事前に用意してきた課題の答えにもとづいて議論を行った。オンライン上での議論ということでGoogleドキュメント上に参加者が用意してきた解答を書き込み、それぞれ口頭でその説明を行った。報告者のグループでは、事前課題に熱心に取り組み史料の歴史的背景についても勉強してきた参加者が多かった。飯田先生の講義とグループワークを通じて、報告者は主に二つの重要な点を再認識した。第一に、「議事録から読み取れること」と「議事録だけでは分からないこと」、すなわち、議事録の内と外を意識する必要があることである。ここでいう「議事録の外」とは、軍艦について、あるいは社会情勢に影響を与えた条約について知識や理解を得るための議事録以外の資料である。第二に、議事録を読む際、発言者の主張がその肩書きと立場によって影響を受けていることを意識する必要がある点である。

山本先生のセッションについて(佐藤ひとみ)

史料読解ワークショップの後半では、山本浩司先生が、イギリス王政復古期(1660-85)に行われたストア川の「河川航行事業」に関する議事録と法案を用いたワークショップを行った。 (事前配布資料、当日のスライドと音声はこちら)

今回のワークショップで提示された史料は以下の2つである。1つ目は、1662年3月に庶民院を通過し、同年に法律として成立したストア川関連法の抜粋である。2つ目は、ストア航行法の成立過程を明らかにするために、ストア川法が庶民院で本格的審議を受けた、一連の審議の議事録史料である。

山本先生から事前に提示された課題は、「ストア川法案と地元住民の権利保護の関連性」や、「ストア川法案の内容は、これまでの1688年の名誉革命に対する一般的理解をどのようなに修正し、改める可能性があるか」というものだった。法案が可決する流れを確認する中で、住民による嘆願書が法案の成立を十分に理解するためには重要であることが伺えた。しかし、今回のワークショップでは限られた史料しか与えられておらず、自分たちが検討している史料を歴史の全体像の中で位置付けることの困難さを感じた。議事録の内容を理解するためには、その外側、つまり議事録で言及されている他の史料や社会的背景の理解なしでは、自分が扱う史料としての議事録を全体像のピースとして認識できないのだと痛感した。

また、今回山本先生が使用された史料は、先生が博士論文を執筆する際に実際に用いた史料である。ワークショップが終わったあと、先生からご自身の研究についての解説があった。そこでは、特に、実際の議会の議事録をどのように理解するかという問題と、その史料が研究史的に持つ意義が何なのか二つの層を意識しながら議事録を読むということについて先生自身の経験を交えたレクチャーがあった。

例えばこれまでの研究では、議会主導で市民の権利保護が達成されたのは1688年の名誉革命で、それが経済発展の基礎となったと考えられてきた。しかし、発見した史料を読む中で、イギリス議会は政治的不確実性に直面していた王政復古期(1660-)から、すでに市民の権利や所有権について意識しており、そのことがイギリスの経済発展を可能にしていたのではないか、という仮説が立てられた。さらに史料を検討していく中で、市民の権利や所有権が保護されていたとしても、それは必ずしも「議会主導」とは限らないのではないか?重要なのは権利保護のタイミングではなく、立法プロセスにおける利害関係者の役割ではないか?という、さらに踏み込んだが問いが立てられた。

新たな問いをもとに史料を検討していく中で、ストア法案に直接関係する院外史料や、議会が同時に審議していた事案、王政復古体制の正当性を提示する源泉——これは木版画に描かれた絵と文書から示された——といった史料が新たに発見された。そして、王政復古期には、絶対王政期のトラウマや、市民からの請願書を駆使した、院外政治による「記憶」の利用があったことが明らかになった。こうして、18世紀以降の運河網と経済発展の基礎となる航行河川の延長は、名誉革命以前の1660年代から、院外からの介入をきっかけとして地元住民権利保護と両立する形で行われつつあったことが示された。

歴史を書くために史料として議事録を読む時、私たちは自分の中にリサーチクエスチョンを立て、その問いを下敷きとしながら議事録を読み、パズルのピースとして全体像の中に位置付けようとする。しかし、山本先生のレクチャーから、問題設定は史料読解を進める中で進化することを学ぶことができた。また、自分が扱っている目の前の問いは、大きな物語を再構成することに繋がる可能性があることを、今回のワークショップを通して知った。しかしそのためには、問題設定や史料を制限してはならない。また議事録を読む際には、多様な史料で補って読むことが重要なのである。山本先生のレクチャーを通して、歴史を書く上で問いを修正する重要さ、議事録を読む際に多様な史料で情報を補う必要性、そして目の前の問いをより大きな研究史の文脈に位置付けることの大事さを学ぶことができた。

参加者のグループ分けなどの開催方法について(安藤良之介)

開催方法を検討した者として全体として振り返ってみると、身分、性別、居住地域、興味関心など、様々な属性の方に参加していただけたと思う。この点に関しては、オンライン開催だったことに加え、山本先生、飯田先生という専門地域・時代の異なる先生に講師をお願いできたのも大きかったのではないだろうか。当日のレクチャーでも各先生で異なる種類の議事録を扱い、異なった切り口から解説を加えてくださり、一参加者として学ぶところが大きかった。また参加者の多様性に応じて、学年・性別の割合がなるべく均等になるようにグループ配分したことも工夫のひとつであった。

参加者の声(アンケートより抜粋)

  • (聞けてよかったこととして)史料を読むときは,まず形容詞を外してSVOだけ読む(という読み方)
    (学部生・フランス史)
  • 議事録と他の資料をどのように組み合わせるか、実際の研究例を通して分析方法を説明してくださったので非常に勉強になりました。
    (学部生)
  • 第一線で活躍する研究者の調査手法(「手の内」)を知ることができて有意義で、かつ刺激を受けました。
    (博士課程・フランス史)
  • 史料を探している時、迷走しているようにも感じるが、新しい史料を見つけながら、質問もブラッシュアップしていく」、という話を伺えて良かった。
    (博士課程・チェコ史)
  • 歴史学のすごさが分かりました。一般人が参加できる歴史学講座で嬉しかったです。
    (社会人・国際機関勤務)
  • 一片の史料から歴史が再構築されていく様子が活き活きと語られた点が非常に良かったと思います。
    (社会人・大学教員)

登壇された講師

  • 飯田洋介先生(岡山大学)
    ドイツ近現代史:ビスマルク外交の再検討。
    著書に、『ビスマルク』中公新書、2015年。『ビスマルクと大英帝国』勁草書房、2010年。
    近著『グローバル・ヒストリーとしての独仏戦争: ビスマルク外交を海から捉えなおす』NHK出版、2021年。
  • 山本浩司先生(東京大学)
    イギリス近世史:エリザベス朝期の時代劇や南海泡沫事件の再検討
    著書に、Taming Capitalism before its Triumph, Oxford University Press, 2018。

飯田先生の著書が1月26日に発売されました。最新の研究で使用された史料をワークショップの題材として提供いただきました。実際にワークショップで使用した史料が、飯田先生のご研究の中でどのように議論されているのか、ぜひお確かめください!

飯田洋介『グローバル・ヒストリーとしての独仏戦争: ビスマルク外交を海から捉えなおす』NHK出版、2021年

企画・運営・司会

峯 沙智也(東京大学総合文化研究科・博士課程・ドイツ近現代史)

協力メンバー

大下理世(東京大学ドイツ・ヨーロッパ研究センター・ドイツ近現代史)
佐藤ひとみ(東京外国語大学・博士課程・チェコ現代史)
安藤良之介(東京大学教養学部研究生)