史料読解ワークショップ:言説編「書き手と読み手を読む」参加レポート

2022年2月19日(土)と3月12日(土)に、史料読解ワークショップ:言説編「書き手と読み手を読む」が開催されました。参加者である宇野真佑子さん(東京大学博士課程、中東欧現代史)にレポートを執筆いただきました。以下掲載します。

2月19日・速水先生

2月19日には、速水淑子先生(横浜市立大学)がハインリヒ・フォン・クライストの短編「聖ドミンゴ島の婚約」(1811年)を題材にワークショップを開催された。事前課題は、作品を読んだうえで「考えられる研究テーマ(作品をどのようなコンテクストに位置付けるか)」「その研究に必要な追加史料」「その研究を進めるにあたって難しそうな点」を考えてスライドにまとめるというものであった。

レクチャーでは、まず事前配布資料を例に、出典の信頼性や訳の確認も含めて史料が手元に届いた経緯に気を配る必要があるということ、ある史料は、その史料がつくられたときから現在に至るまでのさまざまな時代の史料として用いることができるというお話があった。また、速水先生は史料と問いの関係についてもお話しされた。多くの場合、歴史研究では問いが先にあり、その問いを明らかにするための史料を探すことになる。一方で、思想史研究でしばしばあるように、広く知られたカノン的なテクストを読み直す場合は、問いの新しさが研究の新規性に直結する。ただし、問いと史料のどちらの新規性に重点をおくとしても、問いの精緻化・史料の読みの精緻化・追加史料の調査というプロセスでは、問いと史料は循環的な関係にある。また、「作品の題材となっているできごとそのものの史料としてではなく、そのできごとの受容史の史料として用いるべきである」「書き手の意図を特定することが難しい」などの文学的テクストに顕著な特徴が指摘された一方で、フィクション・言説を読む面白さとして、当時の人びとの「期待の地平」や、ありえたかもしれない歴史の可能性を明らかにできるということが挙げられた。

速水先生のレクチャーの後、小グループに分かれて事前課題をもとにディスカッションしたのち、全体で議論した。全体の議論では、登場人物の「怒り」の描写を手掛かりにして「怒り」の概念史を描く材料にするというアイデアや、作品の登場人物を通してムラート女性のアイデンティティや社会的地位に着目するものなど、史料の多様な読みが提示された。

続いて、峯沙智也さん(東京大学博士課程)の、ドイツでの史料調査経験を踏まえたミニレクチャー「史料の「でき方」・読み方・探し方」が行われた。プロイセンの実業家・政治家であるダーフィット・ハンゼマンの関連文書を例に、その史料が誰に宛てたものか/どのように読まれることを想定していたのかを考えながら史料を読む必要があるということ、それを考える際にはどの文書館に所蔵されているかということも手掛かりになるということが示された。また、峯さんの専門のドイツ近代史を例に、オンラインで/日本国内で史料を入手するためのいくつかのtipsが紹介された。

全体の質疑応答では、思想史研究において、文学作品を扱う場合と思想書を扱う場合はどのように異なるのかという質問や、歴史認識問題を研究する場合のように、研究の対象とする言説が言及する「事実」そのものが激しい論争の渦中にあるときの心構えについての質問などが寄せられた。

3月12日・中島先生

3月12日には、中島浩貴先生(東京電機大学)が、1871年12月にドイツの軍事専門誌『軍事週報』に掲載された匿名記事を題材にワークショップを開催された。事前課題は、フランスの一般兵役義務導入について論じた論説を読み、「この論説の匿名の筆者は、どのような人物だと思われるか、または『一般兵役義務』の性格をどのようなものとしてとらえているのか」「フランスにおける一般兵役義務の導入の是非を議論している論説であるが、筆者はどのように評価しているのか。あるいは、その評価に関連させて軍隊一般や社会一般をどのように描き出しているのか」「自国の軍隊の役割について、どのようにとらえているのか」を考えてスライドにまとめるというものであった。

当日のレクチャーでは、「歴史学はなんでも史料になるといわれるが、一面的な読み方をしないで、その史料がそもそもどういうものなのかを見ていく必要がある」ということ、史料を読む際には何らかの「軸」があると便利だが、中島先生の場合は特定の用語を軸にして、その用語の意味の変遷をたどっているというお話があった。また、史料を読む際に注意することとして、①どのように書かれているのか(自分の主張を正当化するための文章か、読者を論理的に説得するための文章か、現状のレポートなのか など)②誰に向けて書かれているのか(同じコミュニティに属する人向けなのか、あるいは同じコミュニティに向けたものという建前で第三者(他国の読者など)を意識しているのか) ③いつ書かれているのか(どのような事件の前/後のものか、書いた人物のパーソナリティなど) ④どこで書かれているのか(一般誌、専門誌など) ⑤なぜ書かれたのか(何を達成するためにその文章が書かれたのか) という5点が挙げられた。

小グループのディスカッションおよび全体の議論では、執筆者の身分や、論説の時代背景などが議論された。匿名筆者はプロイセン/ドイツ軍の将校である可能性が高いが、現役か退役かはわからないということや、テクスト内で労働者層への共産主義の影響について言及があるが、当時の将校らはドイツ国内の労働者層に共産主義が広がることをどの程度警戒していたのかということなどが話題に上った。

ワークショップ全体を振り返って

この報告を書いている私自身も、史料を読んできたなかで、同一人物が時と場合によってまったく異なる発言をしており、どう解釈すべきか悩んだことや、あるいは別々の人物が似たような言葉遣いで語ることがらが、それぞれの人物の背景やほかの発言を踏まえて読み直すと実はまったく異なる意味合いを持っていることに気づき、その差異をどうにか掬い出そうとあがいたという経験があった。また私はこれまで主要な史料として雑誌や新聞、政党のマニフェストや史料集などを用いてきたが、これらの刊行物は文書館史料に比べればはるかにアクセスが容易な史料である。それゆえに、レクチャーで速水先生が「カノン的なテクスト」の例として挙げられたプラトンほどに誰もが知るものではないとしても、先行研究で何度も引用されているテクストを読む場面が多くなる。そうした広く知られた史料をどのように読み直し、新しい研究成果につなげられるかという問題にも、とくに修士論文を執筆しているときにしばしば頭を悩ませた。本ワークショップでの速水先生・中島先生のレクチャーや質疑応答での議論を振り返ると、これまで私がぶつかった壁を乗り越えるうえで役立つような、史料上の「言説」を扱うときに注意すべきポイントや、もつべき心構えなどを明快に示していただいたように思う。

また私が所属する大学院では、ゼミの研究報告の際に報告内容に関連する一次史料を発表者が配布し、その史料を履修者どうしで検討することもある。しかし、どうしても報告者以外の参加者の準備の時間が限られること、ゼミでは報告の内容そのものにも議論の時間を割く必要があることなどの理由から、史料そのものの読解について集中的に議論する機会がとても多いというわけではない。このワークショップでは、参加者が事前に配布された史料を読み込み、課題に取り組んだうえで、史料の読み方・使い方について集中的に議論することができた。さらに速水先生・中島先生によるレクチャーや解説では、先生方がどのような点に着目して史料を読み、自身の研究の材料としているのかということを、いわば手の内を明かすような形で詳細に伺うことができた。

また、1日目の後半に峯さんが急遽行われたミニレクチャーも、とくに新型コロナウイルス感染症の流行を受けて史料収集が難航しがちな卒論生や大学院生にとって学ぶところが大きかったのではないかと思う。史料のデジタル化の進展や、史料集・マイクロフィルム等の形での日本でのアクセスのしやすさは時代や地域によって大きく異なるとはいえ、まずどこを探せばよいかという基礎知識は、専門の時代・地域が異なる人にも役立つだろう。

今回のワークショップには、修士課程や博士課程の大学院生、学生時代に歴史学を専攻していた社会人、博士号を取得して大学に勤務する研究者など、専門分野も経験もさまざまな人びとが参加していた。私は普段同じ大学の院生や近い分野の研究者と議論することが多いので、ワークショップで幅広いバックグラウンドの参加者と活発な議論ができたことも得難い機会だったと思う。お忙しい中たいへん充実したワークショップを開催してくださった速水先生と中島先生、また企画・運営・司会に加えてミニレクチャーを開いてくださった峯さんに感謝したい。