2022年2月19日(土)と3月12日(土)に、史料読解ワークショップ:言説編「書き手と読み手を読む」が開催されました。企画者である峯沙智也さん(東京大学大学院博士課程)による開催記を以下掲載します。

はじめに

2022年2月19日と3月12日に史料読解ワークショップ言説編が開催された。

講師には、速水淑子氏(横浜市立大学)と中島浩貴氏(東京電機大学)を招待し、当初の予定では2月19日同日に全体のレクチャー、グループワーク、全体議論が予定されていた。しかし、前日に中島氏が新型コロナウィルスの陽性となり、登壇が急遽困難となったため、後日に延期となった。そこで予定していたプログラムを変更し、速水氏のセッションと企画者(峯)による「史料の「でき方」・読み方・探し方」というミニ・トークを行なった。そして、3月12日に中島氏のセッションを開催した。

参加者には、ワークショップに先駆けて、講師から指定された史料が配布された。事前に史料に関する問いに取り組み、グーグル・スプレッドシートに回答を匿名で共有した。回答期日を設定し、それまでに他の参加者の回答を事前に確認できるように配慮した。ただし、未回答であった参加者も、本ワークショップの参加は可能であった。

本開催レポートでは、前半で速水氏のレクチャー(2月19日)を、後半で中島氏のレクチャー(3月12日)を報告したい。なおこのレポートは企画者により執筆され、速水氏と中島氏に内容の確認を受けたものである。

速水氏の回について

「文学テクストと歴史をどう繋ぐか」と題されたレクチャーでは、まず多様な事物が史料として扱うことができることが説明された。「ある特定の過去について知るために、現在に残された手がかり」と史料を理解した場合、その史料を長い時間の射程の中で見る視座が紹介された。事前配布史料として、ハインリヒ・クライストの小説『聖ドミンゴ島の婚約』が指定された。クライストの小説『聖ドミンゴ島の婚約』を「史料」とみなした場合に、多様な研究テーマが設定できることが説明された。例えば、この史料読解ワークショップの企画や実施プロセスを対象とした歴史、事前課題に指定された種村訳の出版過程、そして日本におけるクライスト受容史、さらにはドイツにおけるクライスト全集の出版過程、対ナポレオン戦争の想起と結びついた戦間期およびナチ期のクライスト解釈、クライスト・ルネサンスと形容されるような1870年頃以降の時期のドイツにおける多様な受容や、さらに1811年に出版された時代の公共圏の状況、そして作品執筆の背景となった植民地の婚姻制度や「ムラート」の表象、市民的ジェンダー規範の広がり、高貴な未開人の思想系譜、理性・感情・激情をめぐる諸思潮の相違などが挙げられた。史料としての文学テクストの誕生以前から、読み手(ワークショップの参加者や報告者)が読むまでの長い時間軸に置くことで、多様な研究テーマ群が立ち起こるとともに、テクストを「いまここ」に伝えてきたメディアを自覚することで、眼前の史料がまとう権威や真正性の批判的検討が可能になることが実感された。小説はいわゆるハイチ革命を題材にしているが、ハイチ革命をめぐる言説の一つとして読むだけでなく、その後のクライスト受容という文脈で読むことで研究の幅が広がることが説明された。

次に、「史料と問い」をめぐる2つのアプローチが紹介された。多くの歴史研究では、特定の過去に対する問い(例えば、ヨーロッパにおいてハイチ革命期にどのように黒人は表象されたのか。)から、史料の読解を始める。この時、歴史家は探偵のごとく、解決すべき事件を前に、史料という残された手がかりをもとに事件の「真相」である過去の現実を探る。この手法では、問いがあって初めて分析すべき史料が浮かび上がってくる。

他方、逆の方向の研究のあり方の可能性も指摘された。すなわち、史料の読解から、「問い」を立てるという方法である。これは、特に聖書や有名な思想書など、いわば聖典にように時代を超えて重要視されるカノン化したテクストを研究する際に有効だと説明された。この研究アプローチでは、研究者は、そもそも事件があったのか分からない状態で、何らかの事件を探し出し、その上事件の「真相」を探る。この手法では、問いとコンテクストの新規性が重要となる。

確かに、史料収集に限界があり、実証性に乏しい仮説の提示に留まる可能性もある。また、コンテクストを広げるほど専門や地域を越えた検証が必要となり、二次文献のみに頼らざるをえない場面も増える。しかし、後者の手法が持つ研究可能性は特に大きなコンテクスト(文脈)を考慮した場合に顕著である。

次に、ガーダマー『哲学の始まり』を参考に、コンテクスト(文脈)を手がかりにしてテクストを読解する手法が紹介された。ガーダマー『哲学の始まり』では、大部分のテクストが失われたパルメニデス(BC520?-450?)の詩の読解が試みられている。パルメニデスの断片とは、300から400行あると推定される詩のうち161行だけが残っている。残された161行分のテクストは、不思議な内容の断片であり、多様な解釈が可能で、本来のテクストの主題さえ特定するのが困難である。このテクストの読解をガーダマーが試みている。

ガーダマーが採った手法は、パルメニデスの詩だけではなく、パルメニデスの詩を引用したプラトンやアリストテレスの文献を手がかりに、元のテクストを読解するというものである。この手法では、古代ギリシアにおける魂をめぐる諸派の議論というコンテクストの中で、パルメニデスの断片を哲学の始まり、すなわち真理をめぐる人間の思惟の始まりを示すテクストとして読むことが可能になった。

こうした手法は、史料を精査するだけではなく、史料を史料の外と合わせて読むアプローチである。文脈からテクストを読むことで、逆に、そのテクストが持つ社会での働きが見えてくる点である。確かに史料を文脈に依存して解釈することは慎まなければならない。しかし、歴史上の人物Aが作成した文献Xを、別の人物Bがどのように文献を解釈したのか、検討することで見えてくるものがある。たとえ、人物Bが人物Aの意図とは大きく異なる解釈したとしても、その文献Xが社会において果たした役割を検討することは重要である。そして、一般に、異なる価値観や利害関心をもつ人間が全く同じようにテクストを解釈することはない。その解釈のズレを、「人物Bの間違いである!」と指摘するだけはなく、そのズレが持つ意味を検討することも必要であろう。

同時代におけるズレに着目することで過去のコミュニーケーションの実態に迫ることができるだろう。また、文献Xをめぐる後の時代における長い射程での解釈の歴史をみることで、受容史が見えてくるだろう。速水氏はまとめの中で、フィクションを読む面白さとして、他の言説とのズレをみることで、当時の人々の「期待の地平」や歴史のアンビヴァレントな可能性に迫ることができると説明していた。こうした手法は、テクストの外部性、テクストの文脈性を考慮した史料読解を行う歴史学とも共通する視座と言えるだろう。

歴史学研究の歴史の中で

歴史学の手法にも歴史がある。かつて、史料テクストが正確に過去の現実を写しとっており、そのテクストの正確な読解こそが過去に迫る正しい道のりだと説いた。(デリダは「テクストの外部はない」と断じた。)

しかし、前回(2021年の史料読解ワークショップ議事録編)では、議論を記録した議事録でさえ、議事録外の状況を踏まえて読むことの重要性が確認された。

テクストは、その外部の当時の社会状況、作者の意図などが(中島氏の事前ミーティングでの報告でより詳細な列挙があった)を考慮して読むことで、より深く過去に迫ることができるだろう。むしろ、この視座がもたらすのは、テクストが社会でどのように扱われるか、解釈されるか検討するという地平である。ただ、そのテクスト自体の解釈というよりも、テクストが後の時代にどのように扱われたのか、解釈されたのかを検討するという視座が提示された。

企画者によるトーク

次に、簡単に急遽実施した企画者によるトークの内容を報告したい。トークでは現在執筆中の博士論文の調査の経験から、史料の保管のされ方、閲覧方法、そして検索方法を報告した。そもそも史料と呼ばれる媒体がどのように保管されているのか、博士論文執筆の際に使用したダーフィット・ハンゼマンの史料の保管状況から探った。また、容易に海外に史料調査に行くことができない昨今のコロナ禍を踏まえ、オンラインで可能な史料入手および検索方法を紹介した。近年は史料のデジタル化プロジェクトが進行している。コロナ禍に入り史料収集へのハードルが上がってしまった。トークにおいては、ドイツ近現代史研究を中心に史料収集に役出つ次のようなサイトを紹介した。

バイエルン国立図書館(BSB, Bayerische Staatsbibliothek):https://www.bsb-muenchen.de

雑誌情報検索システム(ZEFYS, das Zeitungsinformationssystem der Staatsbibliothek zu Berlin):https://zefys.staatsbibliothek-berlin.de

カールスルーエ・デジタルカタログ: https://www.bibliothek.kit.edu

この他にも分野ごとにネットアクセスが可能な多様なアーカイブがある。Google Booksや、対象国の図書館および大学図書館のウェブサイトをあたるものも一つの手であろう。また、そもそもどの図書館・文書館に所蔵しているのか分からない場合は、KVK(カールスルーエ・デジタルカタログ)で見つかる場合がある。史料の収集の際には、大学図書館のリファレンス係に尋ねることで、史料へのアクセス方法が見つかる場合がある。既存のサービスや、ますます充実していくデジタル・アーカイブを活用し、コロナ禍で歴史学研究を進める手立てを紹介した。

中島氏の回について

続いて、以下では3月12日開催された中島氏のセッションについて報告する。

中島氏のレクチャーのタイトルは「軍事専門誌をどのように読み解くか」であった。広義の軍事史「新しい軍事史」のアプローチが紹介され、従来の軍事戦略や軍事層に着目した軍事史ではなく、思想や文化、ジェンダーとの観点から軍事史を扱う手法の利点に言及された。

事前に『軍事週報』の一つの記事が配布史料に指定されていた。新しい軍事史の観点から、単に軍事戦略や軍制改革の動向を検討するのではなく、どのような価値観が見られるのか、書き手の社会認識や、一般兵役義務にどのような意味を付与しているのか、史料を読み解く課題であった。

軍事専門誌を読む際には、「用語」に着目することで、テキストの性格を理解する際の軸を設定することが紹介された。例えば、一般兵役義務という用語を縦軸に多様な記事を比較検討し、議論の変遷を描くことも可能であろう。そして、「-ism」にまとめてしまうことで見えなくなるものがあるという指摘は、重要であろう。教科書などの記述で「ナショナリズムが高揚して、〇〇が起きた」いった説明がしばしばなされる。しかし、個々の場合のナショナリズムとは具体的にどういった内容のものなのか、何を目指した運動なのか検討することを忘れてはならない。

さらに、レクチャーでは、史料が有するバイアスをどう扱うかという点も言及された。一般的にバイアスは取り除くべきものであり、内容や視点の偏りに注意すべき、との指摘がなされる。しかし、実際には歴史上、何らかのバイアスを免れた史料は存在しない。むしろ、バイアスとの向き合い方が問題である。記事の書き手のバイアスを、どのようなバイアスがかかっているのか探ることで、見えてくるものがある。そのバイアスを誤った情報であると切り捨てるのではなく、その認識がどのように成立したのか、どういう目的で表現されたのか、検討する必要性も挙げられた。

そして、以上の内容を踏まえつつ、史料を読む際に重要な5つの問いかけが提示された。

1、どのように書かれているか。史料テクストの議論がどのように論理づけられているか、検討する。

2、誰に向けて書かれているか。書き手と同じ知識や価値観、認識を有するような同一コミュニティ向けのものか、否か。また、誰が読む可能性があったのか。『軍事週報』であれば、国外の軍事専門家も読む可能性があった。されにいえば、読む可能性があったことを書き手がどう認識していたのか検討する。

3、いつ書かれているか。どの文脈で書かれているか。

4、どの媒体に書かれているか。専門誌なのか、一般誌なのか。

5、なぜ書かれたのか。書かれた目的は何か。

これらのポイントは今回の事前配布史料だけでなく、多様な史料に対しても有効であろう。グループワークの際に使用した『軍事週報』の記事の分析でも、書き手が属する軍事専門家コミュニティに共通の価値観や世界観に迫ることができた。労働者やエリート層の描かれ方から、書き手(および読み手)が念頭に置く一般大衆や特定の社会集団に対する認識、価値観が浮かび上がってくるだろう。たとえば、プロイセンの軍事専門家の労働者、市民層や農民それぞれに対する認識や評価が垣間見えることもあった。

事前配布史料を読むにあたって、『軍事週報』の論説に関する次のような3つの問いが設定された。

1)この論説の匿名の筆者は、どのような人物だと思われるか、または「一般兵役義務」の性格をどのようなものとしてとらえているのか

2)フランスにおける一般兵役義務の導入の是非を議論している論説であるが、筆者はどのように評価しているのか。あるいは、その評価に関連させて軍隊一般や社会一般をどのように描き出しているのか。

3)自国の軍隊の役割について、どのようにとらえているのか。

レクチャーの内容と関連づけることにより、書き手が持つ軍事的な世界観が社会や政治に与えた影響をみる視点が提供された。現役もしくは退役した将校と推測される書き手のフランス軍の認識が、どの点でズレているのか確認できた。また、書き手の一般兵役義務の理解の背景にある価値観や認識に着目することで、論説の中でどのように書き手にとっての理想が構築されたのか、検討することができた。また、軍事週報が、国内外に読者層がいたことから、読み手を意識した議論が展開されたのか、という視点も重要であることがわかった。

冒頭のレクチャーで、バイアスの方向性を見るという指摘があった。『軍事週報』の書き手の理解は、これまでの歴史研究から決して客観的ではないことがわかっている。どのようにそのバイアスが成立したのか、検討することで、史料の周囲の社会状況や価値観が浮かび上がってくることが実感できたワークショップであった。

全体を通して

前回のワークショップに引き続き、今回も大学や所属組織の垣根を超えて、史料の読み解き方をめぐって闊達な議論が行われた。参加者は、大学院生(博士課程)、大学教員が多かった一方で、中高教員や官公庁職員の参加も多かった。

正しい回答や優れた回答を目指して競い合うのではなく、多様な観点を共有し合うワークショップになった。レクチャーの内容をその後のグループワークで議論することで、史料の読み方を深めることができただろう。また、他大学や多分野を研究する参加者と議論する機会があり、普段の環境とは異なる議論が展開され、多くの参加者にとって刺激になったはずである。また、コロナ禍で、これまでのような交流が難しくなった時代に、新しい議論や交流の場となったのであれば、企画者として喜ばしいことである。

参加者の声(抜粋)

以下にアンケートから、参加者の声を抜粋したい。

自分が公刊されたものを中心に扱っているというのもあるだろうが、それでも執筆意図だけでなく出版された意図も踏まえて読む。(大学院生(博士課程))

文学作品を歴史史料として扱うことについて考える機会となってとても良かったです。ワークシートも他の参加者が書いたものを確認できる形で、自分が思いつかないような回答もあったので勉強になりました。また、文学作品を当時の人々の考えたユートピアや期待の地平を知ることに用いることができるということが印象に残ったことのひとつです。

(大学院生(博士課程))

文学テクストを研究対象とする際、受容史として歴史を書くという視点が自分の中に全くなかったので、研究テーマの新たな視点を得ることができました。また、文学テクストから当時の「期待の地平」を考察できるということも全く考えたことがなく、今日新たに知ることができました。(大学院生(修士過程))

「邪推せず読む」「『読めないもの』こそ読む」は銘記したい。

(大学院生(修士過程))

高校での探究をどのようにとらえるかという質問は、自身が高校教育に関わっていることもあって、大学の方々の意見を聞けて良かった。(高校教員)

速水氏のレクチャーにて、「聖ドミンゴ島との婚約」を史料として扱う際に、小説が直接の対象としているハイチ革命だけでなく、それ以降現代にいたるまでの歴史の史料として扱える(著者の執筆背景や日本における受容、翻訳の過程など)も史料として扱えるとの内容が良かった。(会社員)

謝辞

最後に改めて、ワークショップに登壇いただいた中島先生と速水先生には感謝を申し上げたい。企画の趣旨に合わせたレクチャーを用意いただいた。打ち合わせの議論から本報告書へのコメントに至るまで学ぶことが多く、歴史学研究を志す一大学院生としても貴重な機会になった。

本ワークショップ開催にあたり、歴史家ワークショップの研究員の横江良祐氏にきめ細やかなアドバイスをいただいた。メンターを務めていただき、非常に心強かった。また、プログラムが急遽変更になった際に、相談に乗っていただいた山本浩司氏にも感謝申し上げたい。