【参加報告】困難の時代に歴史を学ぶ・歴史から学ぶ アカデミア×ビジネス VOL. 05 長篠の戦いの記憶と情報リテラシー

【参加報告】困難の時代に歴史を学ぶ・歴史から学ぶ アカデミア×ビジネス VOL. 05 長篠の戦いの記憶と情報リテラシー

歴史家ワークショップでは、去る7月26日に社会発信イベント「困難の時代に歴史を学ぶ・歴史から学ぶ」の第5回を開催いたしました。鈴木健吾さん(東京大学大学院・博士課程後期)による報告をぜひご一読ください。

2023年7月26日(水)19時から、「アカデミア×ビジネス VOL. 05 長篠の戦いの記憶と情報リテラシー」が対面とオンラインのハイブリッド形式で開催された。歴史家ワークショップでは若手研究者による外国語報告「リサーチ・ショーケース」など様々な事業を展開してきたが、歴史研究者とビジネスパーソンの対話の場として、2022年度より「アカデミア×ビジネス」シリーズを開始している。5回目の今回は「長篠の戦いの記憶と情報リテラシー」をテーマとして、近年話題になる情報リテラシーについて「史料批判の見地から考え」、ビジネスなどに活かすことを目指し、開催された。

まず、金子拓氏(東京大学史料編纂所・教授)のレクチャーでは、自身の『大日本史料 第十編』の編纂経験を活かしつつ、研究史をわかりやすく振り返る。金子氏の勤続経験の中でも大日本史料の天正年間の編纂が一年分進んでいないこと、そして長篠の戦いがあった天正3(1575)年5月27日が一日だけで一巻を構成するという事実は、スライドで見ると鮮烈ではなかったろうか。長篠合戦図屏風を用いた図版が如何に火縄銃の使用シーンをキュレーションしているのかを高等学校の日本史教科書を用いて提示したり、「三段撃ち」言説が如何に形成されたのかを史料編纂所の先達のみならず、司馬遼太郎の時代小説も用いつつ説明し、現在の歴史学の水準での長篠の戦いの実像を提示した。合戦前日の織田信長・武田勝頼双方の書状の情報の不一致など、一次史料に分け入りつつの練達のプレゼンテーションは、『織田信長〈天下人の実像〉』(講談社現代新書 2015年)や『織田信長 不器用すぎる天下人』(河出書房新社 2017年)などで信長像の更新を学術的に牽引するのみならず、一般向けにも提示してきた金子氏の面目躍如たるものであった。

ここで、「史料の読み」や信長像の更新の是非、のような方向に行かないのが異業種間対話である。レクチャー後の座談会では金子氏に加え、本ワークショップの代表・山本浩司及び山崎大祐氏(Warm Heart Cool Head代表)、竹下隆一郎氏(PIVOTチーフ・グローバルエディター)による座談会を加え、「残念な」(竹下氏)長篠の戦いの実像について話していく。ビジネスと学術の対話らしく、ビジネスと戦国武将の「決断」との通底、史料を複雑に読むべきか単純に読むべきか、ビジネスモデル形成時のストーリーは虚偽か否か、虚偽が記されていることが明らかな回顧録(戦国武将であれ起業家であれ)はそもそも同時代的に真実として受容されうるのか、など拡散しつつ、それでいて収斂していくような討議が展開された。

ゲストの金子氏(中央左)と竹下氏(中央右)

殊に竹下氏の「戦国時代をビジネスの参考にしたくない」という旨の発言に対して、金子氏が「信長の野望史観」(金子氏)の打破の必要性を以て応えたのは業種を異にしているとは思えない質疑で、戦国武将や幕末の偉人の言行を経営のモデルとしてフレームアップしていくような史観に関するビジネス・学術双方からの犀利な論点に、会場で見ていて引き込まれるものがあった。また、同時に山崎氏が座談の終盤で言及したような、「(実は)三段撃ちがなかった」のような学説――これ自体は恐らくもはや「新説」ではないのだが――を学ぶこと、あるいは広めることにかかるコストという問題も考えていかねばならないだろう。ビジネスパーソンであれ、研究者であれ、いつどの時期の学説を学び、それをどう活かすべきなのか、あるいは活かさないべきなのか。日ごろの研究にもフィードバックしうる部分も含め、様々なことを考えさせられた。

頗る個人的な回顧だが、筆者が幼い頃は近代歴史学上何度目かの「信長が天才の時代」であって、別に社会科が得意ではないような生徒でも丹羽長秀や滝川一益くらいまで知っていた。「最近の学生は三国志にばかり詳しくて…」という東洋史の教員のぼやきと並行した時代の風景であろうが、「武士の時代」を専攻しなかった筆者にもそんな思春期の記憶が思い出された。「史料編纂所にはお金がない」という世知辛い話題もあったが、史料編纂所には史料編纂と並行して、近年物故した『江戸お留守居役の日記』(読売新聞社1991年)や『島津義弘の賭け』(読売新聞社1997年)で知られた「歴史ノンフィクション」作家こと山本博文氏などを擁した来歴もある。かみ合っていないようで実はかみ合っていた議論も宜なるかなと思いつつ、史料編纂やアーカイブとマネタイズ、のような問題を考えながら参加報告執筆の責めを塞ぎたい。

執筆:鈴木健吾(東京大学大学院・博士課程後期)

本イベントには、対面およびオンラインあわせて68名の皆さまがご参加くださいました。開催後のアンケートには、「初参加だったが、歴史とビジネスという組み合わせの視点が新鮮だった」(東大大学院政治学研究科・丁天聖様)、「多様な観点やご経験等から見解を開示いただき楽しかった」(事業構想大学院大学・原口高広様)、「内容が濃いので休憩を挟んでもう少し長い時間で構成されても良いのでは」(株式会社QUICK・山口正仁様)といった多くのご意見をいただきました。今後のより良い開催の参考にさせていただきます。