【開催報告】博物館×『刀剣乱舞』のウラガワ!参加記

【開催報告】博物館×『刀剣乱舞』のウラガワ!参加記

2024年1月26日(金)に開催した「博物館×『刀剣乱舞』のウラガワ!」について、中西恭子先生に参加レポートを執筆いただきましたので、以下に掲載します。なお、本イベントの録画は現在公開準備中です。公開次第こちらのウェブサイトでお知らせいたします。

歴史家ワークショップ「博物館×『刀剣乱舞』のウラガワ!」参加記

中西恭子
津田塾大学国際関係研究所特任研究員、宗教学宗教史学

1月26日、東京大学本郷キャンパスで歴史家ワークショップ「ウラガワ!」シリーズ「博物館×『刀剣乱舞』のウラガワ!」が開催された。会場参加者は30余名にのぼり、同時配信視聴者も350人を越えた。話題提供者の橋本麻里さん(『刀剣乱舞』文化監修担当、美術ライター)と平岡愛唯さん(元刀剣専門学芸員・審神者)から監修と博物館・文化事業の事情をうかがうことができた。

橋本さんがニトロプラスの『刀剣乱舞』制作班に監修者として加わったのは2022年春からだ。世界観設計担当のニトロプラス側の小坂崇氣氏らディレクション担当者と月に一回ミーティングを行っている。監修の対象は刀剣男士の和装図像やゲーム内合戦場の植生描写からメディアミックス作品に及ぶ。今回は橋本さんが「ミュージカル刀剣乱舞」シリーズの美術監修に関わるきっかけとなった『鶴丸国永・大倶利伽羅双騎出陣〜春風桃李巵』(2022年)の事例をご紹介いただいた。

伊達政宗所縁の刀たちがかつての主の生涯をたどる『春風桃李巵』では、旺盛に書簡をしたためる伊達政宗の姿が「筆まめ大名」と評される。作中後半の慶長遣欧使節の『教皇パウロ五世宛伊達政宗書状』(ヴァティカン図書館蔵、MSS. Borgh. 363, pt. B)が舞台上に投影され、支倉常長(唐橋充)が日本語版(MSS. Borgh. 363, pt. B. 1r)を、ルイス・ソテロ(千葉恵佑)がラテン語訳(MSS. Borgh. 363, pt. B. 2v)を読み上げて鮮烈な印象を残す。この場面での教会ラテン語発音指導と図像の商用許可の取得が課題になった。橋本さんはネットワークを駆使して西洋古典学者に発音指導音源を依頼するとともに、ヴァティカン図書館蔵書電子化プロジェクトに関わった株式会社NTTデータの担当者を通して手稿の使用許可を取得する。この過程は想像以上にダイナミックで、人脈と知識を駆使して協力者をつなぎ、それぞれの職掌範囲を明確にした共同作業で最善の結果を目指す仕事ぶりが伝わる。

まさに「幕が上がるまでが監修」である。

このケースはデジタル人文学のアウトリーチ成功例としても示唆的だ。デジタルアーカイヴ制作側と所有館には「歴史学を学ぶ新しい人を増やせるか、あるいは事業で用いる人がどれだけあるか。誰に届いているのかを知りたい」という切実なニーズがある、という。舞台上演での的確なアーカイヴ史料の利用はアーカイヴの存在を広く知らしめることにもつながる。言語監修者の存在についても同様だろう。

コンテンツとポピュラリティと学問の幸福な出会いに至るまでの過程は平坦ではない。平岡さんの進路決定のきっかけになった京都国立博物館『京のかたな展』(2018年9月)は京都国立博物館特別展入館者数歴代5位を記録し、『刀剣乱舞』リリース以後の「刀剣特需」を可視化する画期となった。『ニコニコ美術館』での同展解説番組や末兼俊彦氏(京都国立博物館主任学芸員)の京都国立博物館での講演を聴講して刀剣研究に進んだ平岡さんだが、卒業論文の執筆にあたって大きな壁にぶつかる。先行研究の不足である。

橋本さんが指摘する刀剣研究の現状は決して明るいものではない。刀剣研究は茶道史と並んで研究の近代化が遅れている。研究者の高齢化と後継者難も進んでおり、歴史学の訓練を受けていない歴史コンテンツ制作者が玉石混淆の文献群に依拠して耳当たりのよい物語を作る状況は避けられない。『京のかたな展』も企画発足時には現段階での刀剣研究の状況を示すことを当面の目標としたという。『刀剣乱舞』実装刀を多数展示して4時間の観覧待ち行列ができた京都国立博物館特別陳列「刀剣を楽しむ−名物刀を中心に−」(2015年12月)を機に集客の見込みが立ち、『京のかたな展』ではインパクトと熱量の共有を事業目標に設定することとなった。

「刀剣特需」をうけて、刀剣展示に対するミュージアムの意識は大きく変わった。確かに刀剣展示を行えば集客できるが、鑑賞体験の質を担保するために落ち着いて見られるほうがよい。文化財の保存と活用の相克は残る。多様なファンを集めるコラボレーション型展示や『刀剣乱舞』実装刀展示に熱心な館から、『刀剣乱舞』とは関わりをもたない館まで、『刀剣乱舞』との関わりと企画力は館や学芸員によってさまざまだ。

刀剣文化に新しい鑑賞者を招いて知識を深める展示の可能性はどこにあるだろうか。お二人は燭台切光忠(徳川ミュージアム蔵)に代表される被災刀の再発見展示を画期的な事例として紹介し、愛好者団体や私立館での鑑賞会などの実際に手に取って見られる鑑賞型アウトリーチへの参加を勧める。鑑賞型アウトリーチは実用品だった美術品を本来の享受層から解放して鑑賞体験を民主化する機会でもある。『刀剣乱舞』のゲーム内装備として新たに登場した「宝物」は刀剣文化の周辺にある名作の断片を継ぎ合わせて装備を完成させるシステムだ。ハイカルチャーに導くのではなく間口は広く、多様な入り口があってよい。お二人の意見とも通じる営為だ。

歴史コンテンツはフィクション性と史実のバランスの上に成り立つ。成功した歴史コンテンツが提示するフィクション性の高い歴史が史実と受け止められることについて、橋本さんの提唱する予防策は示唆的だ。

読み手側は歴史とフィクションのリテラシーを鍛えるべし。図録を読むべし。歴史学研究者やミュージアム関係者や監修者ら専門家集団や歴史愛好家は作り手側に「これはフィクションです」と言い続けさせたり、監修者に「作品が史実と違うのは自分のせいではない」と言わせたりするほどに追い詰めずに、フィクションのリテラシーを高めつつ、わかることとわからないことを明確に提示してゆけばよい。コンテンツ制作側も経験を積み、歴史知識と歴史叙述のリテラシーを高める。物語の強度と正確性を並び立たせるにはジレンマを越えて手を携えることが必要なのだから。

『刀剣乱舞』のナラティヴと研究とは切り離して考え、刀剣伝承のナラティヴは背景まで考えるように律しているが、生活のなかでは大河ドラマなどの歴史コンテンツの物語と史実のあわいを楽しむ、という平岡さんの歴史実践も堅実だ。

これなら実践できそうだ、と感じる読者も少なくないだろう。

質疑応答では、ファンコミュニティをジェンダー化しない工夫や、選挙のさいに文化財行政を重視する政党をよく吟味して投票しよう、という市民としての政治参加への呼びかけにもつながった。旧来の権威によらずにフラットに知を分かちあう場を求め、文化財を伝えるには理想を追究することはとても大切だ。未来を照らす場がひとつ開かれたように思う。