【参加報告】困難の時代に歴史を学ぶ・歴史から学ぶ アカデミア×ビジネス VOL. 02 何が〈名画〉を作るのか

【参加報告】困難の時代に歴史を学ぶ・歴史から学ぶ アカデミア×ビジネス VOL. 02 何が〈名画〉を作るのか

歴史家ワークショップでは、去る12月7日に社会発信イベント「困難の時代に歴史を学ぶ・歴史から学ぶ アカデミア×ビジネス VOL. 02 何が〈名画〉を作るのか」を開催いたしました。藤井碧さん(京都大学大学院・博士課程後期)によるその報告をぜひご一読ください。

趣旨説明

2022年12月7日(水)19時から、「困難の時代に歴史を学ぶ・歴史から学ぶ アカデミア×ビジネス VOL. 02」が対面とオンラインのハイブリッド形式で開催された。歴史家ワークショップでは、広く歴史学に関わる研究者支援のみならず、「歴史的思考」の価値と楽しさを社会と広く共有することを目指している*。このビジョンにもとづき、歴史研究者とビジネスパーソンの対話の場として、2022年度より「アカデミア×ビジネス」シリーズが始まった。第2回目は「何が〈名画〉を作るのか」をテーマとして、歴史学の視点をとおした美術の見方を学び、この見方をどのようにビジネスなどに活かすことができるかを議論することを目指し、企画された。

*「歴史家ワークショップ憲章」より

イベント概要

まず美術史研究者の古川萌氏(東京大学 特任研究員/歴史家ワークショップ事務局)によるレクチャーがあり、その後、山崎大祐氏(Warm Heart Cool Head 代表)による司会のもと、青木耕平氏(「北欧、暮らしの道具店」運営・株式会社クラシコム代表取締役)と、森啓子氏(株式会社エフアイシーシー代表取締役)によるフィードバックと質疑応答が行われた。

レクチャーでは、「名画」が「作り上げられていく」過程が、(1)作品・(2)批評・(3)美術館という観点からさまざまな具体例を交えて説明された。その内容を簡単に紹介する。

(1)作品の評価は、時代によって変容する。かつてスタンダールに「めまいと動揺」がするほど美しかった、と言わしめたフィレンツェの天井画は、現代それほど知られていない。また、ボッティチェリの作品は「女性的で美しい」と言われるが、15世紀末には「男性的」と評価されていた。このように作品への評価は一枚岩ではない。背景にある「時代の眼」をみることが、美術作品の理解を深めることにつながる。

(2)批評は、社会のなかで受け継がれてきたものである。16世紀半ばに「美術史の父」ヴァザーリは『芸術家列伝』で、200人近くの芸術家の伝記をまとめた。この内容は今も、画家や絵画への評価の土台となっている。しかしこの研究書が語る内容は、必ずしも客観的とは言い難い。そのため、批評の背景にある、フィレンツェ社会の事情を学ぶ必要がある。

(3)最後に、美術館は作品の評価を高める制度である。例えば《ミロのヴィーナス》は、古代ギリシャオリジナルの大理石彫刻であるという点で貴重な作例として仏ルーヴル美術館に所蔵され、今や誰もが知る名作となった。一方、ギリシャ美術史の観点からは、それほど評価の高くない作品とも言われている。ここには、作品が美術館に飾られ、多くの人に「名作」だと知られることで、名声が高まったというプロセスがある。

以上のように、「名画」「名作」は、専門的な基準によって認証されたり、客観的に定められるものではない。作品への評価は、鑑賞する人や社会、鑑賞される場があって成り立つといえる。


講義のなかでは次の5冊の文献が参照された。


上記のレクチャーに対し、青木氏と森氏からは、ビジネスにおいても美術史と共通する視点をもつとのフィードバックがあった。たしかに、作品・批評・美術館の3役を1社が担う点(青山氏)や、評価のつくりあげられる時間軸が速い点(森氏)は異なる。しかし、プロダクトやサービスが評価されるプロセスに、クライアントや消費者、それをとりまく社会制度や時代背景がかかわる、という構造は、ビジネスにおいても類似している(青木氏)

以上の発見から、ビジネスに活かせる視点として導き出されたのは、価値観の変化が激しい現在、何を評価するかの選択が問われていること(森氏)、その選択のための眼を養う必要があること(青木氏)であった。また、評価されるプロダクトやサービスを生み出すには、自らおかれているコンテクストを理解することも重要という。そのうえで、コンテクストのなかでの足場ぎめ(青木氏)や自己をストーリーとして語る(森氏)ことが大切だと述べられた。

左から青木氏、古川氏、森氏、山崎氏

このように、ビジネスでも、歴史的背景を振り返り、そのなかに自社を位置付けるという営みが行われ、これが成功すると価値を発揮することになる。これは、美術作品が評価されるプロセスと共鳴するもので、「起業家は究極にはアーティストだ!」というコメント(山崎氏)もあった。これらの議論を受け、ビジネスにおいては具体的にどのような手順で、コンテクストを分析しているのか、自分の表現したい価値と社会からの評価がすれ違う場合どのように対処しているのか、これらの論点は業態や業種によってどのように異なるのか、といったより具体的な議論が今後行われることが期待される。

執筆:藤井碧(京都大学大学院・博士課程後期)

本イベントには、対面およびオンラインあわせておよそ100名の皆さまがご参加くださいました。参加者の皆様に心より感謝いたします。

開催後のアンケートには、「音が聞き取りづらい箇所があった」「後半の議論が短すぎる」といったご意見も複数いただきました。皆さまのご意見を参考に、今後はオンラインでの視聴状況への配慮を忘れず、また、じっくり議論を深める時間も確保できるよう工夫していきたいと考えております。

次回以降の「困難の時代に歴史を学ぶ・歴史から学ぶ アカデミア×ビジネス」にもご期待ください!

〈参加者の声〉

柔軟な視点や活発な意見交換が大変勉強になりました。

東京大学史料編纂所 古木景子 様

古川氏のレクチャーは、意外なこと、背景や理由を聞けば「なるほど」と思うことばかりでした。ご著書や参考文献を紹介してくださったのもありがたいです。ファシリテーターやゲストのお話にも意外なことが多々あり、ビジネスの世界が変わりつつあるように思います。

匿名希望 様(社会人)

地方在住かつ子育て中のため、時間帯の設定含めオンラインで参加できるのはありがたかった。

会社員 高畠美樹 様

学部、大学院と美術史専攻に所属してきたので、起業家、ビジネスパーソンのお話を聴く機会が少なく、貴重な時間でした。古川さんのお話がとても興味深かったのはもちろんですが、起業家のお二人がどのように古川さんのレクチャーを受け取り、解釈されるのかということに発見がありました。ただ歴史研究の方と起業家の方々がもっと連携し議論・対話が熟していくには少し時間が短すぎるかなと思いました。

匿名希望 様(研究者)

めり先生[古川萌のペンネーム]のtwitterアカウントから今回のワークショップの存在を知って参加させていただきました。最初は芸術とビジネスがどう結びつくのかイメージしづらかったのですが、めり先生、青木さん、森さんのお話は面白く、私自身の勉強になることが多かったです。2月も参加させていただきます。ありがとうございました。

筑波大学大学院 村鳩千晶 様