【開催報告】特別ワークショップ「外国語論文の校閲と投稿プロセス」@第72回日本西洋史学会大会(2022)

去る2022年5月に開催された西洋史学会特別ワークショップについて、本会運営委員の横江良祐さんに開催レポートを執筆いただきましたので、以下に掲載します。

2022年5月21日、第72回日本西洋史学会大会(2022)において特別ワークショップ「外国語論文の校閲と投稿プロセス」がオンラインで開催されました。日本の歴史研究の国際化支援を活動の柱の一つとした歴史家ワークショップで様々な企画に携わってきた3名のディスカッサントとともに、西洋史研究者の成果発信に大きな影響を与える外国語論文(査読付き論文、論文集、モノグラフなど)について議論、意見交換を行いました。

ワークショップの報告者には、久野愛先生、安平弦司先生、菊地重仁先生をお招きしました。久野先生は20世紀米国史をご専門とし、文化とジェンダー史の観点から消費者社会の形成と技術の発展をアプローチしていることで国際的に注目を集めています。同じく英語でご活躍されている安平先生は、歴史家ワークショップ主催「英文校閲ワークショップ」の企画運営者でありながら、2021年の末には Past & Present 誌に論文が掲載されました。最後に、カロリング朝期のフランク王国を中心とした中世ヨーロッパ史に関してドイツ語で数多くの論文とモノグラフを出版されている菊地先生もお呼びしました。

3名にはキャリアと研究業績に関する自己紹介をしていただき、外国語論文を書いたきっかけ、論文テーマの構想、ライティングと校閲、そして外国語論文を投稿して開かれた道についてディスカッションを行いました。外国語論文の執筆で日本在住の研究者が苦戦しやすい点なども考慮し、最後にはフロアからのご質問やご意見を募りました。

外国語論文を書こうと思ったきっかけ

論文を外国語で発表することの大きな利点は、研究成果のオーディエンスの規模が大幅に広がるということです。安平先生は特に、ご自身が所属する近世オランダ宗教史を専門分野とする研究者が日本にほとんどいなかったため、学術交流のために英語論文は欠かせないと主張しました。一方で、久野先生と菊地先生が外国語論文に取り組んだきっかけは、所属していた教育機関の使用言語と、指導教員の助言が大きかったといいました。日本の歴史研究者が外国語論文にチャレンジするには、教育と研究環境が大きな要因になると考えられます。

論文のテーマの構想、出版社・ジャーナル・論文集の選択

久野先生と安平先生は、出版先として、自分が読者としてよく読む雑誌や出版社や論文集などを軸にし、自分の研究が最大のインパクトを発揮できるところを考えるべきと唱えました。一方で菊地先生は、論文集への投稿のご経験を元に、プロジェクト研究で与えられたテーマに基づいて論文を書いたり、海外でよく見かける論文集のCall for Papersの要望に答えるのも一つの手だと考えました。特に印象的だったのは、出版先の選択が研究者としてのアイデンティティ(研究分野や手法など)の形成に重要な役割を果たすとの久野先生の発言です。

ライティングと校閲

久野先生はライティングのトーンに関して、あまり難しい言葉や表現の使用は控えて、常に分かりやすい文章を書くことに専念していると発言しました。また、論文の校閲に関しては、専門内外の研究仲間やメンターのフィードバックの必要性を3名とも強調されました。こういう面では、英文校閲ワークショップの原稿校閲会などのライティング・グループが参考になると考えられます。

外国語論文を投稿して開かれた道

3名とも外国語論文を出版して得られたことは、読者層が大幅に広がり、国内外の研究集会などでも学者としての認知度が上がったということです。菊地先生も、外国語論文を出したことで新しいコミュニティやプロジェクトに人脈が広がったご経験をお話しされていました。安平先生は特に、外国語論文を早いうちに出すことができたお陰で、英語のリサーチポートフォリオを海外の先生方と共有しやすく、留学のプロセスがスムーズに進んだと仰ってました。一方で、久野先生は、外国語で書きさえすれば道が開けるというわけではなく、研究のインパクトは出版先のジャーナルや研究の内容にも左右されると強調しました。

質疑応答

パネルディスカッションの後も30分ほどの質疑応答が行われ、いくつかの質問や意見が集まりました。まず、複数の査読者から異なる指示や提案を受けた時にどうするかという質問に対し、久野先生は、必ず従わなければいけないわけではなく、従わない理由を著者として説明することの重要性を唱えました。また、家事や学務に追われている日々の中でどう外国語論文に取り組むかという質問に関して、外国語論文に関わる作業を毎日少しでも進めたり、言語力を磨くために他の作業(ノート取りなど)をできるだけ外国語で進めるというアドバイスが、菊地先生からありました。

また、国内の学会が出している英語雑誌に論文を提出することにメリットはあるかという質問に対し、国内誌でも英語論文があることで留学に役に立つかもしれないという点を安平先生が主張し、特に若手研究員に関しては、投稿から査読にいたるプロセスが長めである海外誌よりも、比較的に早く刊行されやすい国内誌の方が適しているかもしれないという点もあげられました。質疑応答の終盤で持ち出されたポイントとしては、日本語文献は大学等での教育の点で必要であり、それが日本の西洋史研究の存続にもかかわるがゆえに、研究者が日本語の著作を出し続けるのは重要だというポイントも出ました。最終的には、自分がどういうキャリアを望むかという点で、日本語と外国語論文のバランスを取る必要があると考えられます。

まとめ

今回のイベントはオンラインだったという理由もあり、150名近くの方々にご参加いただき、ディスカッサントの3名からも様々な課題について共有していただきました。この企画を許可・支援していただいた第72回日本西洋史学会大会の準備委員会の皆様と、ワークショップの議事録をご提供していただいた北川涼太さんに心から御礼申し上げます。

今後も各種イベントの開催を続けていきたいと思いますので、アイデアがおありの方は、運営委員あるいは当HPのコンタクトフォームにてご連絡ください。

執筆:横江良祐(日本学術振興会・特別研究員)