2018年5月20日「国際学会を有意義なものにするために」開催レポート

2018年5月20日「国際学会を有意義なものにするために」開催レポート

企画概要・要旨

2018年5月20日、第68回日本西洋史学会大会の2日目に、広島大学東千田キャンパス未来創生センターにてランチタイムワークショップ「国際学会を有意義なものにするために」が開催されました。立ち見をふくめ100人ほどの参加者を迎え、活発な議論が交わされました。

本ランチタイム・ワークショップは、西洋言語(英仏独伊語)を用いた国際学会を、さまざまな形で経験されてきた3人の研究者から体験談を伺い自由な討論を行うことで、スキルと経験を共有し、外国語でコミュニケーションをする意義を考えることを目的としました。近年、日本の西洋史研究者と海外の研究者との交流はますます盛んになり、海外での史料・文献調査や来日する外国人研究者による講演会はもちろん、国内外で研究成果を外国語で発表することも求められてきています。しかし、日本語の発表内容をそのまま翻訳したのではうまく通じない場合があるのも事実です。では、日本人研究者が、国際学会で発表し、国際学界との交流を深めたいと願ったとき、どのような点に注意を払って報告を準備し、口頭報告をし、他の参加者と交流していくのが望ましいのでしょうか。日本語での報告との共通点・相違点は何でしょうか。国際学会における良い報告とはどのようなものでしょうか。また、本ワークショップは、日本の西洋史研究者が経験する国際的な学問的コミュニケーションのありかた自体について考察する場でもありたいと考えています。そもそも研究者を国際交流にうながす契機やモチベーションは何でしょうか。そして国際的コミュニケーションの経験は、どのように日本での研究活動にフィードバックされるのでしょうか。

報告内容のまとめ

木村容子氏(中世イタリア史/大阪市立大学)
「国際学会に参加する:中世説教研究の場合(伊語・英語)」

これまで発表した国際学会における「申し込み」、「報告」、「論文化」という各段階での経験を、「専門性の高いセミナー」・「大規模な学会でのセッション」・「セミナー合宿」という異なる場に即して説明した。それぞれの場では研究の進展状況が異なる内容を発表した。報告の骨子は報告時に使用したプレゼンテーションのスライドから読み取れるが、以下のような興味深い指摘がなされた。

申し込みに関して。日本学術振興会を含め参加費・渡航費・食費などの援助が得られることもあり情報収集も大切になってくる。

報告について。専門的なセミナーでは論文化に向けて準備していた論文をイタリア語で発表したが、イタリア語、英語、日本語の論理の作り方の相違に注意が必要であり、要点をキーワード化し、簡潔な表現を用いるといった工夫をした。大規模な学会での外国人研究者と組んだセッションについては、自分以外の人を目当てに来た聴衆にも話を聞いてもらえる可能性がある。その一方で専門家が必ずしも集まるわけではないため、史料の原文や写真などをスクリーンに映し、史料の基本的性格紹介と面白い点などを分かりやすく聴衆に訴えることに留意した。セミナー合宿は、食事やエクスカーションなどコミュニケーションを取れる時間がたくさんある。参加した様々な専門家に質問でき、ネットワーキングとしても有益であるので、強く推奨できる。

論文化に関して。専門性の高いセミナーでの報告は論文化されることが決まっていたわけではなく、時間がかかる場合も多く、その点は注意が必要である。

最後に、報告の質疑応答に関しては、うまくいかないことも多いが、報告後に個人的にコメント・質問を受ける場合も多い。やはり積極的に参加していくべきであるとはいえ、経済的・心理的にバリアは依然高いことも事実である。

藤井崇氏(ヘレニズム史・ローマ史/関西学院大学)
「国際学会に参加する・国際学会を開催する」

まず、これまで10ヶ国での口頭報告の経験に基づき、国際学会での参加者としての立場から3点を指摘したい。第1に開催国ごとの特徴があり、それを意識すべきかという問題について。確かに国別の違いを感じることもあったが、それを気にしすぎると不必要な壁を築いてしまう危険性がある。むしろ、発表するという基本的なフォーマットは、どこで行うのも変わらないということを意識するべきである。そのため聴衆に合わせて内容を調整することが必要である。第2に口頭報告の具体的な方法について。発表原稿は1分間100ワードを目安に作成し、比較的ゆっくりした報告をしている。また原稿はネイティブスピーカーによる校閲を経て、入念に準備している。その一方で外国語だと細かい点まで表現しきれない点を逆手に捉え、大胆な議論をすることを心がけている。第3に国際学会参加の意義は、まだ活字化されていない研究や新しい史料などについて「情報交換」が行える点にある。

続いて、2014年、2016年、2018 年に西洋古代史・西洋古典学・西洋美術史の研究者を集めた国際学会を主催した経験に基づき、国際会議を開催する立場からも3点を指摘したい。第1に事前のペーパー配布の是非について。「ライブ感が失われる」とのネガティブな意見もあるが、事前配布を行うとディスカッションが盛り上がるのは事実である。第2に報告へのコメンテーターを置くことの是非については、予定調和な議論になりがちで偶発性が失われてしまう。第3に学会の中心を占める研究発表に付随する学術イベントが有益かどうかについては、海外研究者は若手との交流を求めており極めて有益だと考えられる。報告者が主催した2つの学会(The Processes of Dying in the Greek World、2014年9月、京都大学とFrom the Markets to the Associations、2016年11月、関西学院大学・京都府立大学)では、若手研究者を中心にポスター発表や短い口頭報告の機会を設けたが、これは海外からの研究者に好評を博した。

剣持久木氏(現代フランス史/静岡県立大学)
「国際学会に参加する/で報告する:公共史という視点」

国際学会に参加する意義は、成果を発表し現地の研究者と対等に議論をする点にも認められるが、最先端の研究状況を知り、それを日本に持ち帰り、専門研究者として一般の人々にまで伝えるという活動、つまり「公共史」としての観点から話をしたい。また海外留学をしても博士号取得を目指すのが必ずしも一般的ではなかった世代の実践例として自らの経験を語りたい。

第1に国際学会への参加について。報告者としてだけではなく聴衆として参加することにも意義はある。留学中に参加したヴィシー政権に関する国際学会は『現代史研究』(36号、1990年)で紹介し、国際歴史学会議の参加記も『歴史学研究』(943号、2016年)に執筆している。また専門家と一般の人々が集うブロア歴史集会についても日本語の参加記を執筆予定である(『日仏歴史学会会報』33号、2018年)。このような日本語で「学会の記録を残す」という営みは、参加者個人にとってだけでなく、他の人にも役立つ作業である。

第2に国際学会での報告について。これまでに狭義の専門研究ではないが、パリで日本の歴史認識や教科書について、また日韓歴史家会議で報告をした。これらは自分から申し込んだのではなく依頼されて、つまり人間関係からチャンスを貰ったものであるが得難い経験であった。

第3にフランスの大学での講義について。他の大学でもあるだろうが大学間協定による教員交換として講義を行っている。特にリール政治学院での日本近現代史の集中講義に際しては、配布用の資料はもちろん、10時間以上分の読み上げ原稿を作る必要があったが、その後の機会にも利用できている。

このような経験から言えるのは、国際学会などへの報告者としての参加はたしかに望ましいかもしれないが、報告者であると準備に専心してしまい、かえって周りが見えなくなる恐れがあるということである。また学会参加を通じて海外の研究者と知り合いになることは、コネと呼ばれてしまうかもしれないが、その後の招聘などの交流のきっかけづくりとしては有効である。最後に強調しておきたいのは、学会参加の経験を日本語で文章にして残しておくのは、研究者、さらに広い読者との共有を図る「公共史」と位置づけられる重要な作業なのである。

ディスカッション

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これらの報告に続いて活発な議論が交わされました。

例えば「外国の国際学会に参加すると、日本の状況・事例との比較に重点を置いた議論を期待されることが多い。西洋史研究者として、このような期待にどう応えたら良いだろうか」という疑問に対しては、「個人の研究テーマを追求しつつも、日本の研究者と協働して応えていくことに意味があるのではないか」という回答や、「明治維新とイタリア近代化」というテーマで日伊歴史家会議を開いた経験に触れて「内容が噛み合うように長い時間をかけて調整したが、多大なエネルギーを必要とし、枠組みをしっかり決めてやらないと持続可能性が低い」といったようなフロアからのコメントがありました。

また「国際学会での発表申し込みにパネルを作っての応募が求められるが、どのようにパネルを組んでいくのか」という質問には、「知人の知人にあたるなど派生的につくっていくしかない。発表義務がなくレクチャーを受ける形のセミナー合宿もあるので、ネットワーキングのための機会として活用するべき」との回答がありました。

さらに日本語と外国語での研究成果をどのように発表していくべきかといった西洋史研究のあり方に関わる問題点についての指摘もありました。


以上が、3人の報告内容の要約と、それにつづく議論の一部の紹介です。今回のワークショップの模様は、Twitterにて実況中継を行っており、その際のTogetterも作成しましたので、詳しくはそちらもご参照ください。

2018年度日本西洋史学会の2日目(5月20日)にランチタイムワークショップ「国際学会を有意義なものにするために」を開催しました。そこでの講演内容、質疑応答、参…
togetter.com

本ワークショップは一般財団法人中辻創智社の会議開催費助成によって実現の運びとなりました。ご支援を賜りましたことに対し、この場を借りて御礼申し上げます。

最後になりましたが、今回もご参加・ご協力くださったみなさま、ありがとうございました。みなさまのご意見も参考に、活動内容を練り上げていきたいと思います。またお会いできることを楽しみにしています!