歴史家ワークショップ憲章

歴史的思考を鍛え社会に提供する歴史学の分野で国際的にも活躍できる人材を育成するため、私たちは大学生・大学院生や若手研究者が実践的な訓練を積む場を設け、「あったらいいな」と考える企画の実現を後押しするための組織化を進めてきました。時限的・属人的なノウハウや財源に制約されず、アカデミア内外の多くの人びと同志の共感と協働の中で本活動を継続していくために、歴史家ワークショップの目標や価値、行動原則を言語化し、今後の活動の中・長期的指針とすることにしました。そしてこの度策定されたのが「歴史家ワークショップ憲章」です。

憲章の作成のために、歴史家ワークショップの運営に参画している大学院生・博士研究員から起草メンバーを募りました。赤﨑眞耶、市川佳世子、稲垣健太郎、峯沙智也、森江建斗、安平弦司の各氏、そして事務局の古川萌と山本浩司が中心となり、ファシリテーター井口奈保氏のリードの下で半年間議論を重ね叩き台を作成しました。この度公開する憲章は、講談社の丸尾宗一郎氏に編集者としてのご意見を頂いた上で、さらに多くの運営メンバーにより議論・修正され、承認されたものです。本会の理念であるフラットなコミュニケーションが憲章の起草にも反映されています。

本憲章が、さらに多くの方に歴史家ワークショップとその理念をご理解いただくことにつながりましたら幸いです。

1. ビジョン

歴史家ワークショップは、過去に何が起きたのかを誠実に解き明かそうとするあらゆる歴史研究者を支援します。そして、歴史を学ぶことのみならず、それをもとに現在を解釈し未来を構想する「歴史的思考」の価値と楽しさが広く共有されている社会の実現をめざします。

2. 目標

ビジョンの実現のため、歴史家ワークショップは次の目標を掲げて活動します。

  1. 歴史学界を活性化し、世代を超えた知識の継承を可能にする「100年続く」学問の基盤形成に貢献します。 
  2. 誠実な学問に求められる厳格さに向き合うために、研究者同士があらゆる立場や所属を超えて信頼関係を築き、支え合う場を提供します。
  3. 新たな学びのプロセスを取り入れつつ、研究者が「ワクワク」して歴史研究に取り組むことができる場をつくります。
  4. 過去の出来事やその意義を多様な史料を手掛かりに誠実に解き明かそうとするあらゆる人や組織と協働し、歴史的に思考することの価値や楽しさを社会と共有します。

3. 歴史家ワークショップが大切にすること

知的好奇心と誠実さ

  1. 学問の楽しさと厳しさを通じて、知的好奇心を追究します。
  2. 史料による裏付けに立脚した知的な誠実さを基礎とします。

境界の横断

  1. 研究者が国境や世代、学問分野等、様々な境界を超えて開かれた議論の場を構築し、つながることで得られる驚きと喜び、「ワクワク」を大切にします。
  2. アカデミアの枠を超えて、歴史研究の面白さや歴史的思考を広く社会に共有することを目指し、またそうした試みを応援します。
  3. 日本語だけ、英語だけに限定されない複数言語で研究・発信・対話することで、多様性に富んだ学問の共同体の実現に貢献します。
  4. 研究者の年齢、性別、社会的立場、生活環境、障害などの差異を超えた、インクルーシブな活動を心がけます。

柔軟なコミュニケーションとフラットな組織文化

  1. 学問的営みが豊かな社会性と共同性を基礎に成り立つことを重視します。
  2. アカデミア内外の様々な立場から研究に携わる方とともに、互いに敬意を払いながら切磋琢磨し合う場を提供します。
  3. 参加者の一人一人が自主性を発揮することで、少人数にリーダーシップを集約することなく組織をダイナミックに発展させていきます。
  4. フラットな組織運営・形態によって、特に若手研究者が主体的に活躍できる仕組みを整え、将来のアカデミアを担う世代の発想を積極的に取り入れ、サポートしていく仕組みを構築します。

4. 活動内容

基本方針

  1. 研究者が社会と一緒に「あったらいいな」を気軽に実現できる環境を作ります。
  2. 研究者の使用言語、所属機関、研究テーマ、方法論を超えた、横断的活動を目指します。
  3. 大学、研究室、研究所、学会、研究会等が行なっている既存の活動を補完します。
  4. 短期的な目標だけでなく、長期的ミッションも大切にし、具体的な活動基軸を10年ごとに見直します。

2020年現在の活動基軸 (1) 国際発信力強化

  1. 国や研究分野の境界をこえて学術交流できる人の絶対数を増やしていきます。 
  2. 多言語で学問的研鑽を積み、国内外の知的伝統に貢献します。

2020年現在の活動基軸 (2) スキル向上・知識共有

  1. 様々なキャリアステップにある研究者間で知識を共有し合い、個々人のスキル向上に繋がる機会を提供します。 
  2. 研究に関するその時々の問題意識や暗黙知を普段から気軽に共有し、問題解決に向けた知恵を出し合う、ピアサポートの場を提供します。

2020年現在の活動基軸 (3) 社会との成果共有

  1. 専門的な研究成果に立脚しつつ、図書館・博物館・美術館・文書館等と協力して、研究者か否かに関わらず、多くの人が歴史にふれられる機会を広く社会に提供します。
  2. 新しいコミュニケーションツールやアーカイブ方法を積極的に取り入れ、研究成果を社会と広く共有します。

5. 運営方針

組織デザイン

  1. 参加者の個人的な事情を尊重し、無理なコミットメントを強いるのではなく、参加者の意思とやる気から自然と動き出すような仕組みを作ります。
  2. 関心のある人が気軽に参加できるような土壌を作り、いま必要な企画が迅速に実現できるシステムを確立します。
  3. 派閥の形成や組織の硬直化を防ぎ、常に参加者のニーズに合わせてダイナミックに発展し続けます。
  4. 個々人の強みを引き出し、またお互いの弱点をカバーし合い、それぞれの特性を活かして活動します。

コミュニケーション

  1. 立場や年齢を超えてフランクに、気軽に話し合う文化を醸成します。
  2. やっていることを一緒に面白がるような発言とコミュニケーションを心がけます。
  3. それぞれの研究・教育活動や学術イベントの企画運営で得られた知識や経験を共有し、お互いの活動に活かす文化を醸成していきます。
  4. 学生の声を多く反映します。年齢や学年、ジェンダーにかかわらず自由に提案できる環境づくりをします。
  5. 反対意見を言いやすく、依頼があったときに断る余地がある環境づくりをします。
  6. 運営が上手くいかない時は、反省の機会をもうけ、批判と多様な意見に耳を傾け、試行錯誤を続けます。
  7. 国内外の各地にいる研究者と距離を超えて交流するためにデジタルツールを積極的に利用します。

働き方

  1. 子育てや介護、障害などの様々な事情をもつ研究者や大学院生、学生が参加しやすい環境づくりをします。
  2. 運営協力者の「タダ働き」と「やりがい搾取」を防ぎ、特に大学院生をはじめ安定した職についていない協力者に対しては、使った時間と労力に対して適正な謝金を支払います。また、見えない労働を可視化し、評価します。
  3. 遠方からの参加希望者には可能な限り交通費補助を行います。
  4. 働き方には常に配慮し、休日に活動する際はその都度慎重に検討します。また、多様な参加者のニーズに合わせてイベントの開催日時を柔軟に検討します。
  5. 研究・教育活動に関する情報交換を行い、授業準備やイベントの企画運営の効率化を図ることで、それぞれが研究に集中できる時間を確保できるように助け合います。

以上
(2021-01-15 ベータ版)