史料読解ワークショップ:言説編「書き手と読み手を読む」参加レポート

2022年2月19日(土)と3月12日(土)に、史料読解ワークショップ:言説編「書き手と読み手を読む」が開催されました。参加者である宇野真佑子さん(東京大学博士課程、中東欧現代史)にレポートを執筆いただきました。以下掲載します。

2月19日・速水先生

2月19日には、速水淑子先生(横浜市立大学)がハインリヒ・フォン・クライストの短編「聖ドミンゴ島の婚約」(1811年)を題材にワークショップを開催された。事前課題は、作品を読んだうえで「考えられる研究テーマ(作品をどのようなコンテクストに位置付けるか)」「その研究に必要な追加史料」「その研究を進めるにあたって難しそうな点」を考えてスライドにまとめるというものであった。

レクチャーでは、まず事前配布資料を例に、出典の信頼性や訳の確認も含めて史料が手元に届いた経緯に気を配る必要があるということ、ある史料は、その史料がつくられたときから現在に至るまでのさまざまな時代の史料として用いることができるというお話があった。また、速水先生は史料と問いの関係についてもお話しされた。多くの場合、歴史研究では問いが先にあり、その問いを明らかにするための史料を探すことになる。一方で、思想史研究でしばしばあるように、広く知られたカノン的なテクストを読み直す場合は、問いの新しさが研究の新規性に直結する。ただし、問いと史料のどちらの新規性に重点をおくとしても、問いの精緻化・史料の読みの精緻化・追加史料の調査というプロセスでは、問いと史料は循環的な関係にある。また、「作品の題材となっているできごとそのものの史料としてではなく、そのできごとの受容史の史料として用いるべきである」「書き手の意図を特定することが難しい」などの文学的テクストに顕著な特徴が指摘された一方で、フィクション・言説を読む面白さとして、当時の人びとの「期待の地平」や、ありえたかもしれない歴史の可能性を明らかにできるということが挙げられた。

速水先生のレクチャーの後、小グループに分かれて事前課題をもとにディスカッションしたのち、全体で議論した。全体の議論では、登場人物の「怒り」の描写を手掛かりにして「怒り」の概念史を描く材料にするというアイデアや、作品の登場人物を通してムラート女性のアイデンティティや社会的地位に着目するものなど、史料の多様な読みが提示された。

続いて、峯沙智也さん(東京大学博士課程)の、ドイツでの史料調査経験を踏まえたミニレクチャー「史料の「でき方」・読み方・探し方」が行われた。プロイセンの実業家・政治家であるダーフィット・ハンゼマンの関連文書を例に、その史料が誰に宛てたものか/どのように読まれることを想定していたのかを考えながら史料を読む必要があるということ、それを考える際にはどの文書館に所蔵されているかということも手掛かりになるということが示された。また、峯さんの専門のドイツ近代史を例に、オンラインで/日本国内で史料を入手するためのいくつかのtipsが紹介された。

全体の質疑応答では、思想史研究において、文学作品を扱う場合と思想書を扱う場合はどのように異なるのかという質問や、歴史認識問題を研究する場合のように、研究の対象とする言説が言及する「事実」そのものが激しい論争の渦中にあるときの心構えについての質問などが寄せられた。

3月12日・中島先生

3月12日には、中島浩貴先生(東京電機大学)が、1871年12月にドイツの軍事専門誌『軍事週報』に掲載された匿名記事を題材にワークショップを開催された。事前課題は、フランスの一般兵役義務導入について論じた論説を読み、「この論説の匿名の筆者は、どのような人物だと思われるか、または『一般兵役義務』の性格をどのようなものとしてとらえているのか」「フランスにおける一般兵役義務の導入の是非を議論している論説であるが、筆者はどのように評価しているのか。あるいは、その評価に関連させて軍隊一般や社会一般をどのように描き出しているのか」「自国の軍隊の役割について、どのようにとらえているのか」を考えてスライドにまとめるというものであった。

当日のレクチャーでは、「歴史学はなんでも史料になるといわれるが、一面的な読み方をしないで、その史料がそもそもどういうものなのかを見ていく必要がある」ということ、史料を読む際には何らかの「軸」があると便利だが、中島先生の場合は特定の用語を軸にして、その用語の意味の変遷をたどっているというお話があった。また、史料を読む際に注意することとして、①どのように書かれているのか(自分の主張を正当化するための文章か、読者を論理的に説得するための文章か、現状のレポートなのか など)②誰に向けて書かれているのか(同じコミュニティに属する人向けなのか、あるいは同じコミュニティに向けたものという建前で第三者(他国の読者など)を意識しているのか) ③いつ書かれているのか(どのような事件の前/後のものか、書いた人物のパーソナリティなど) ④どこで書かれているのか(一般誌、専門誌など) ⑤なぜ書かれたのか(何を達成するためにその文章が書かれたのか) という5点が挙げられた。

小グループのディスカッションおよび全体の議論では、執筆者の身分や、論説の時代背景などが議論された。匿名筆者はプロイセン/ドイツ軍の将校である可能性が高いが、現役か退役かはわからないということや、テクスト内で労働者層への共産主義の影響について言及があるが、当時の将校らはドイツ国内の労働者層に共産主義が広がることをどの程度警戒していたのかということなどが話題に上った。

ワークショップ全体を振り返って

この報告を書いている私自身も、史料を読んできたなかで、同一人物が時と場合によってまったく異なる発言をしており、どう解釈すべきか悩んだことや、あるいは別々の人物が似たような言葉遣いで語ることがらが、それぞれの人物の背景やほかの発言を踏まえて読み直すと実はまったく異なる意味合いを持っていることに気づき、その差異をどうにか掬い出そうとあがいたという経験があった。また私はこれまで主要な史料として雑誌や新聞、政党のマニフェストや史料集などを用いてきたが、これらの刊行物は文書館史料に比べればはるかにアクセスが容易な史料である。それゆえに、レクチャーで速水先生が「カノン的なテクスト」の例として挙げられたプラトンほどに誰もが知るものではないとしても、先行研究で何度も引用されているテクストを読む場面が多くなる。そうした広く知られた史料をどのように読み直し、新しい研究成果につなげられるかという問題にも、とくに修士論文を執筆しているときにしばしば頭を悩ませた。本ワークショップでの速水先生・中島先生のレクチャーや質疑応答での議論を振り返ると、これまで私がぶつかった壁を乗り越えるうえで役立つような、史料上の「言説」を扱うときに注意すべきポイントや、もつべき心構えなどを明快に示していただいたように思う。

また私が所属する大学院では、ゼミの研究報告の際に報告内容に関連する一次史料を発表者が配布し、その史料を履修者どうしで検討することもある。しかし、どうしても報告者以外の参加者の準備の時間が限られること、ゼミでは報告の内容そのものにも議論の時間を割く必要があることなどの理由から、史料そのものの読解について集中的に議論する機会がとても多いというわけではない。このワークショップでは、参加者が事前に配布された史料を読み込み、課題に取り組んだうえで、史料の読み方・使い方について集中的に議論することができた。さらに速水先生・中島先生によるレクチャーや解説では、先生方がどのような点に着目して史料を読み、自身の研究の材料としているのかということを、いわば手の内を明かすような形で詳細に伺うことができた。

また、1日目の後半に峯さんが急遽行われたミニレクチャーも、とくに新型コロナウイルス感染症の流行を受けて史料収集が難航しがちな卒論生や大学院生にとって学ぶところが大きかったのではないかと思う。史料のデジタル化の進展や、史料集・マイクロフィルム等の形での日本でのアクセスのしやすさは時代や地域によって大きく異なるとはいえ、まずどこを探せばよいかという基礎知識は、専門の時代・地域が異なる人にも役立つだろう。

今回のワークショップには、修士課程や博士課程の大学院生、学生時代に歴史学を専攻していた社会人、博士号を取得して大学に勤務する研究者など、専門分野も経験もさまざまな人びとが参加していた。私は普段同じ大学の院生や近い分野の研究者と議論することが多いので、ワークショップで幅広いバックグラウンドの参加者と活発な議論ができたことも得難い機会だったと思う。お忙しい中たいへん充実したワークショップを開催してくださった速水先生と中島先生、また企画・運営・司会に加えてミニレクチャーを開いてくださった峯さんに感謝したい。

史料読解ワークショップ:言説編「書き手と読み手を読む」開催報告書

2022年2月19日(土)と3月12日(土)に、史料読解ワークショップ:言説編「書き手と読み手を読む」が開催されました。企画者である峯沙智也さん(東京大学大学院博士課程)による開催記を以下掲載します。

はじめに

2022年2月19日と3月12日に史料読解ワークショップ言説編が開催された。

講師には、速水淑子氏(横浜市立大学)と中島浩貴氏(東京電機大学)を招待し、当初の予定では2月19日同日に全体のレクチャー、グループワーク、全体議論が予定されていた。しかし、前日に中島氏が新型コロナウィルスの陽性となり、登壇が急遽困難となったため、後日に延期となった。そこで予定していたプログラムを変更し、速水氏のセッションと企画者(峯)による「史料の「でき方」・読み方・探し方」というミニ・トークを行なった。そして、3月12日に中島氏のセッションを開催した。

参加者には、ワークショップに先駆けて、講師から指定された史料が配布された。事前に史料に関する問いに取り組み、グーグル・スプレッドシートに回答を匿名で共有した。回答期日を設定し、それまでに他の参加者の回答を事前に確認できるように配慮した。ただし、未回答であった参加者も、本ワークショップの参加は可能であった。

本開催レポートでは、前半で速水氏のレクチャー(2月19日)を、後半で中島氏のレクチャー(3月12日)を報告したい。なおこのレポートは企画者により執筆され、速水氏と中島氏に内容の確認を受けたものである。

速水氏の回について

「文学テクストと歴史をどう繋ぐか」と題されたレクチャーでは、まず多様な事物が史料として扱うことができることが説明された。「ある特定の過去について知るために、現在に残された手がかり」と史料を理解した場合、その史料を長い時間の射程の中で見る視座が紹介された。事前配布史料として、ハインリヒ・クライストの小説『聖ドミンゴ島の婚約』が指定された。クライストの小説『聖ドミンゴ島の婚約』を「史料」とみなした場合に、多様な研究テーマが設定できることが説明された。例えば、この史料読解ワークショップの企画や実施プロセスを対象とした歴史、事前課題に指定された種村訳の出版過程、そして日本におけるクライスト受容史、さらにはドイツにおけるクライスト全集の出版過程、対ナポレオン戦争の想起と結びついた戦間期およびナチ期のクライスト解釈、クライスト・ルネサンスと形容されるような1870年頃以降の時期のドイツにおける多様な受容や、さらに1811年に出版された時代の公共圏の状況、そして作品執筆の背景となった植民地の婚姻制度や「ムラート」の表象、市民的ジェンダー規範の広がり、高貴な未開人の思想系譜、理性・感情・激情をめぐる諸思潮の相違などが挙げられた。史料としての文学テクストの誕生以前から、読み手(ワークショップの参加者や報告者)が読むまでの長い時間軸に置くことで、多様な研究テーマ群が立ち起こるとともに、テクストを「いまここ」に伝えてきたメディアを自覚することで、眼前の史料がまとう権威や真正性の批判的検討が可能になることが実感された。小説はいわゆるハイチ革命を題材にしているが、ハイチ革命をめぐる言説の一つとして読むだけでなく、その後のクライスト受容という文脈で読むことで研究の幅が広がることが説明された。

次に、「史料と問い」をめぐる2つのアプローチが紹介された。多くの歴史研究では、特定の過去に対する問い(例えば、ヨーロッパにおいてハイチ革命期にどのように黒人は表象されたのか。)から、史料の読解を始める。この時、歴史家は探偵のごとく、解決すべき事件を前に、史料という残された手がかりをもとに事件の「真相」である過去の現実を探る。この手法では、問いがあって初めて分析すべき史料が浮かび上がってくる。

他方、逆の方向の研究のあり方の可能性も指摘された。すなわち、史料の読解から、「問い」を立てるという方法である。これは、特に聖書や有名な思想書など、いわば聖典にように時代を超えて重要視されるカノン化したテクストを研究する際に有効だと説明された。この研究アプローチでは、研究者は、そもそも事件があったのか分からない状態で、何らかの事件を探し出し、その上事件の「真相」を探る。この手法では、問いとコンテクストの新規性が重要となる。

確かに、史料収集に限界があり、実証性に乏しい仮説の提示に留まる可能性もある。また、コンテクストを広げるほど専門や地域を越えた検証が必要となり、二次文献のみに頼らざるをえない場面も増える。しかし、後者の手法が持つ研究可能性は特に大きなコンテクスト(文脈)を考慮した場合に顕著である。

次に、ガーダマー『哲学の始まり』を参考に、コンテクスト(文脈)を手がかりにしてテクストを読解する手法が紹介された。ガーダマー『哲学の始まり』では、大部分のテクストが失われたパルメニデス(BC520?-450?)の詩の読解が試みられている。パルメニデスの断片とは、300から400行あると推定される詩のうち161行だけが残っている。残された161行分のテクストは、不思議な内容の断片であり、多様な解釈が可能で、本来のテクストの主題さえ特定するのが困難である。このテクストの読解をガーダマーが試みている。

ガーダマーが採った手法は、パルメニデスの詩だけではなく、パルメニデスの詩を引用したプラトンやアリストテレスの文献を手がかりに、元のテクストを読解するというものである。この手法では、古代ギリシアにおける魂をめぐる諸派の議論というコンテクストの中で、パルメニデスの断片を哲学の始まり、すなわち真理をめぐる人間の思惟の始まりを示すテクストとして読むことが可能になった。

こうした手法は、史料を精査するだけではなく、史料を史料の外と合わせて読むアプローチである。文脈からテクストを読むことで、逆に、そのテクストが持つ社会での働きが見えてくる点である。確かに史料を文脈に依存して解釈することは慎まなければならない。しかし、歴史上の人物Aが作成した文献Xを、別の人物Bがどのように文献を解釈したのか、検討することで見えてくるものがある。たとえ、人物Bが人物Aの意図とは大きく異なる解釈したとしても、その文献Xが社会において果たした役割を検討することは重要である。そして、一般に、異なる価値観や利害関心をもつ人間が全く同じようにテクストを解釈することはない。その解釈のズレを、「人物Bの間違いである!」と指摘するだけはなく、そのズレが持つ意味を検討することも必要であろう。

同時代におけるズレに着目することで過去のコミュニーケーションの実態に迫ることができるだろう。また、文献Xをめぐる後の時代における長い射程での解釈の歴史をみることで、受容史が見えてくるだろう。速水氏はまとめの中で、フィクションを読む面白さとして、他の言説とのズレをみることで、当時の人々の「期待の地平」や歴史のアンビヴァレントな可能性に迫ることができると説明していた。こうした手法は、テクストの外部性、テクストの文脈性を考慮した史料読解を行う歴史学とも共通する視座と言えるだろう。

歴史学研究の歴史の中で

歴史学の手法にも歴史がある。かつて、史料テクストが正確に過去の現実を写しとっており、そのテクストの正確な読解こそが過去に迫る正しい道のりだと説いた。(デリダは「テクストの外部はない」と断じた。)

しかし、前回(2021年の史料読解ワークショップ議事録編)では、議論を記録した議事録でさえ、議事録外の状況を踏まえて読むことの重要性が確認された。

テクストは、その外部の当時の社会状況、作者の意図などが(中島氏の事前ミーティングでの報告でより詳細な列挙があった)を考慮して読むことで、より深く過去に迫ることができるだろう。むしろ、この視座がもたらすのは、テクストが社会でどのように扱われるか、解釈されるか検討するという地平である。ただ、そのテクスト自体の解釈というよりも、テクストが後の時代にどのように扱われたのか、解釈されたのかを検討するという視座が提示された。

企画者によるトーク

次に、簡単に急遽実施した企画者によるトークの内容を報告したい。トークでは現在執筆中の博士論文の調査の経験から、史料の保管のされ方、閲覧方法、そして検索方法を報告した。そもそも史料と呼ばれる媒体がどのように保管されているのか、博士論文執筆の際に使用したダーフィット・ハンゼマンの史料の保管状況から探った。また、容易に海外に史料調査に行くことができない昨今のコロナ禍を踏まえ、オンラインで可能な史料入手および検索方法を紹介した。近年は史料のデジタル化プロジェクトが進行している。コロナ禍に入り史料収集へのハードルが上がってしまった。トークにおいては、ドイツ近現代史研究を中心に史料収集に役出つ次のようなサイトを紹介した。

バイエルン国立図書館(BSB, Bayerische Staatsbibliothek):https://www.bsb-muenchen.de

雑誌情報検索システム(ZEFYS, das Zeitungsinformationssystem der Staatsbibliothek zu Berlin):https://zefys.staatsbibliothek-berlin.de

カールスルーエ・デジタルカタログ: https://www.bibliothek.kit.edu

この他にも分野ごとにネットアクセスが可能な多様なアーカイブがある。Google Booksや、対象国の図書館および大学図書館のウェブサイトをあたるものも一つの手であろう。また、そもそもどの図書館・文書館に所蔵しているのか分からない場合は、KVK(カールスルーエ・デジタルカタログ)で見つかる場合がある。史料の収集の際には、大学図書館のリファレンス係に尋ねることで、史料へのアクセス方法が見つかる場合がある。既存のサービスや、ますます充実していくデジタル・アーカイブを活用し、コロナ禍で歴史学研究を進める手立てを紹介した。

中島氏の回について

続いて、以下では3月12日開催された中島氏のセッションについて報告する。

中島氏のレクチャーのタイトルは「軍事専門誌をどのように読み解くか」であった。広義の軍事史「新しい軍事史」のアプローチが紹介され、従来の軍事戦略や軍事層に着目した軍事史ではなく、思想や文化、ジェンダーとの観点から軍事史を扱う手法の利点に言及された。

事前に『軍事週報』の一つの記事が配布史料に指定されていた。新しい軍事史の観点から、単に軍事戦略や軍制改革の動向を検討するのではなく、どのような価値観が見られるのか、書き手の社会認識や、一般兵役義務にどのような意味を付与しているのか、史料を読み解く課題であった。

軍事専門誌を読む際には、「用語」に着目することで、テキストの性格を理解する際の軸を設定することが紹介された。例えば、一般兵役義務という用語を縦軸に多様な記事を比較検討し、議論の変遷を描くことも可能であろう。そして、「-ism」にまとめてしまうことで見えなくなるものがあるという指摘は、重要であろう。教科書などの記述で「ナショナリズムが高揚して、〇〇が起きた」いった説明がしばしばなされる。しかし、個々の場合のナショナリズムとは具体的にどういった内容のものなのか、何を目指した運動なのか検討することを忘れてはならない。

さらに、レクチャーでは、史料が有するバイアスをどう扱うかという点も言及された。一般的にバイアスは取り除くべきものであり、内容や視点の偏りに注意すべき、との指摘がなされる。しかし、実際には歴史上、何らかのバイアスを免れた史料は存在しない。むしろ、バイアスとの向き合い方が問題である。記事の書き手のバイアスを、どのようなバイアスがかかっているのか探ることで、見えてくるものがある。そのバイアスを誤った情報であると切り捨てるのではなく、その認識がどのように成立したのか、どういう目的で表現されたのか、検討する必要性も挙げられた。

そして、以上の内容を踏まえつつ、史料を読む際に重要な5つの問いかけが提示された。

1、どのように書かれているか。史料テクストの議論がどのように論理づけられているか、検討する。

2、誰に向けて書かれているか。書き手と同じ知識や価値観、認識を有するような同一コミュニティ向けのものか、否か。また、誰が読む可能性があったのか。『軍事週報』であれば、国外の軍事専門家も読む可能性があった。されにいえば、読む可能性があったことを書き手がどう認識していたのか検討する。

3、いつ書かれているか。どの文脈で書かれているか。

4、どの媒体に書かれているか。専門誌なのか、一般誌なのか。

5、なぜ書かれたのか。書かれた目的は何か。

これらのポイントは今回の事前配布史料だけでなく、多様な史料に対しても有効であろう。グループワークの際に使用した『軍事週報』の記事の分析でも、書き手が属する軍事専門家コミュニティに共通の価値観や世界観に迫ることができた。労働者やエリート層の描かれ方から、書き手(および読み手)が念頭に置く一般大衆や特定の社会集団に対する認識、価値観が浮かび上がってくるだろう。たとえば、プロイセンの軍事専門家の労働者、市民層や農民それぞれに対する認識や評価が垣間見えることもあった。

事前配布史料を読むにあたって、『軍事週報』の論説に関する次のような3つの問いが設定された。

1)この論説の匿名の筆者は、どのような人物だと思われるか、または「一般兵役義務」の性格をどのようなものとしてとらえているのか

2)フランスにおける一般兵役義務の導入の是非を議論している論説であるが、筆者はどのように評価しているのか。あるいは、その評価に関連させて軍隊一般や社会一般をどのように描き出しているのか。

3)自国の軍隊の役割について、どのようにとらえているのか。

レクチャーの内容と関連づけることにより、書き手が持つ軍事的な世界観が社会や政治に与えた影響をみる視点が提供された。現役もしくは退役した将校と推測される書き手のフランス軍の認識が、どの点でズレているのか確認できた。また、書き手の一般兵役義務の理解の背景にある価値観や認識に着目することで、論説の中でどのように書き手にとっての理想が構築されたのか、検討することができた。また、軍事週報が、国内外に読者層がいたことから、読み手を意識した議論が展開されたのか、という視点も重要であることがわかった。

冒頭のレクチャーで、バイアスの方向性を見るという指摘があった。『軍事週報』の書き手の理解は、これまでの歴史研究から決して客観的ではないことがわかっている。どのようにそのバイアスが成立したのか、検討することで、史料の周囲の社会状況や価値観が浮かび上がってくることが実感できたワークショップであった。

全体を通して

前回のワークショップに引き続き、今回も大学や所属組織の垣根を超えて、史料の読み解き方をめぐって闊達な議論が行われた。参加者は、大学院生(博士課程)、大学教員が多かった一方で、中高教員や官公庁職員の参加も多かった。

正しい回答や優れた回答を目指して競い合うのではなく、多様な観点を共有し合うワークショップになった。レクチャーの内容をその後のグループワークで議論することで、史料の読み方を深めることができただろう。また、他大学や多分野を研究する参加者と議論する機会があり、普段の環境とは異なる議論が展開され、多くの参加者にとって刺激になったはずである。また、コロナ禍で、これまでのような交流が難しくなった時代に、新しい議論や交流の場となったのであれば、企画者として喜ばしいことである。

参加者の声(抜粋)

以下にアンケートから、参加者の声を抜粋したい。

自分が公刊されたものを中心に扱っているというのもあるだろうが、それでも執筆意図だけでなく出版された意図も踏まえて読む。(大学院生(博士課程))

文学作品を歴史史料として扱うことについて考える機会となってとても良かったです。ワークシートも他の参加者が書いたものを確認できる形で、自分が思いつかないような回答もあったので勉強になりました。また、文学作品を当時の人々の考えたユートピアや期待の地平を知ることに用いることができるということが印象に残ったことのひとつです。

(大学院生(博士課程))

文学テクストを研究対象とする際、受容史として歴史を書くという視点が自分の中に全くなかったので、研究テーマの新たな視点を得ることができました。また、文学テクストから当時の「期待の地平」を考察できるということも全く考えたことがなく、今日新たに知ることができました。(大学院生(修士過程))

「邪推せず読む」「『読めないもの』こそ読む」は銘記したい。

(大学院生(修士過程))

高校での探究をどのようにとらえるかという質問は、自身が高校教育に関わっていることもあって、大学の方々の意見を聞けて良かった。(高校教員)

速水氏のレクチャーにて、「聖ドミンゴ島との婚約」を史料として扱う際に、小説が直接の対象としているハイチ革命だけでなく、それ以降現代にいたるまでの歴史の史料として扱える(著者の執筆背景や日本における受容、翻訳の過程など)も史料として扱えるとの内容が良かった。(会社員)

謝辞

最後に改めて、ワークショップに登壇いただいた中島先生と速水先生には感謝を申し上げたい。企画の趣旨に合わせたレクチャーを用意いただいた。打ち合わせの議論から本報告書へのコメントに至るまで学ぶことが多く、歴史学研究を志す一大学院生としても貴重な機会になった。

本ワークショップ開催にあたり、歴史家ワークショップの研究員の横江良祐氏にきめ細やかなアドバイスをいただいた。メンターを務めていただき、非常に心強かった。また、プログラムが急遽変更になった際に、相談に乗っていただいた山本浩司氏にも感謝申し上げたい。

史料読解ワークショップ:言説編「書き手と読み手を読む」開催のお知らせ *第二弾:中島浩貴先生の回 – 3月12日(土)15時*

*2月19日のワークショップでの登壇が急遽キャンセルされた中島浩貴先生がメインにご指導するワークショップを、3月12日(土)の15時から第二弾として開催いたします。

新規のお申し込みは終了しました。2月19日のワークショップ直前にご登録していただいた方だけが参加できます。

いかに史料から歴史上の言説を導くか——?

この問いは歴史学に興味を持つ人の多くが取り組む問いである。確かに、「この史料にこういう記述があるから、こういった言説があったと言える!」と短絡的に結論づけて良いと考える人は多くないでしょう。しかし、歴史上の言説との向き合い方・史料のひもとき方・読み解き方について、集中的に、大学・学部の垣根を超えて議論する機会はまだ乏しいのではないでしょうか。

この度、歴史家ワークショップでは、今年度も史料読解ワークショップをオンラインで開催することになりました。歴史学を専攻する大学生・大学院生だけでなく、思想史などの歴史学と関連する分野に興味のある方に向けた内容になっております。歴史学を主軸にしたワークショップですが、他分野を専門とされる方との対話や議論を大事にしたいと考えています。学部生の参加も歓迎します!

特に、今回のワークショップでは、「史料」を前にしたときに、何を手がかりに読解を進めていくことができるのか、みなさんと考えたいと思います。

本イベントでは、企画者の峯沙智也による司会進行のもと、講師の速水淑子先生(横浜市立大学)と中島浩貴先生(東京電機大学)によるレクチャーおよびグループワークを行います。グループワークでは、事前に講師から出された事前配付資料を題材に、いかに史料上の「言説」を扱うことができるか、参加者同士で議論しましょう。史料上の「言説」に迫るレクチャーを手がかりに、参加者がふと立ち止まって「史料の読み方」や「史料とは何か」を考え、過去の史料を読み解く楽しさと難しさに触れる機会を提供します。

開催概要

日程2022年2月19日(土)16時〜19時 2022年3月12日(土)15時〜17時
場所|オンライン(Zoom)で実施します。URLは後日参加者に連絡します。
言語|日本語
参加費|無料

申し込み方法

こちらのフォームに記入ください。https://forms.gle/2swXEwu8Wp4Se82j8
新規のお申し込みは終了しました。2月19日のワークショップ直前にご登録していただいた方だけが参加できます。

事前配布資料

参加者には、二人の講師の先生から提示された、歴史上の言説の読み解き方に関する事前配付資料をワークショップ前に確認していただきます。

講師プロフィール

速水淑子|横浜市立大学国際教養学部准教授
専門:政治思想、文学、ジェンダー研究
著書に、『トーマス・マンの政治思想:失われた市民を求めて』(創文社2015年、2021年に講談社よりオンデマンド再版)。

中島浩貴|東京電機大学講師
専門:ドイツ近現代史、軍事史
著書に、『国民皆兵とドイツ帝国 一般兵役義務と軍事言説 1871~1914』(彩流社2019年)。

企画・司会峯沙智也(東京大学総合文化研究科・博士課程・ドイツ近現代史)
連絡先minutes.workshop@gmail.com
ワークショップに関連した質問等は上記メールアドレス(峯宛)にご連絡ください。

史料読解ワークショップ:言説編「書き手と読み手を読む」開催のお知らせ

残席僅かとなっています。参加ご希望の方はお早めにお申し込みください。

いかに史料から歴史上の言説を導くか——?

この問いは歴史学に興味を持つ人の多くが取り組む問いである。確かに、「この史料にこういう記述があるから、こういった言説があったと言える!」と短絡的に結論づけて良いと考える人は多くないでしょう。しかし、歴史上の言説との向き合い方・史料のひもとき方・読み解き方について、集中的に、大学・学部の垣根を超えて議論する機会はまだ乏しいのではないでしょうか。

この度、歴史家ワークショップでは、今年度も史料読解ワークショップをオンラインで開催することになりました。歴史学を専攻する大学生・大学院生だけでなく、思想史などの歴史学と関連する分野に興味のある方に向けた内容になっております。歴史学を主軸にしたワークショップですが、他分野を専門とされる方との対話や議論を大事にしたいと考えています。学部生の参加も歓迎します!

特に、今回のワークショップでは、「史料」を前にしたときに、何を手がかりに読解を進めていくことができるのか、みなさんと考えたいと思います。

本イベントでは、企画者の峯沙智也による司会進行のもと、講師の速水淑子先生(横浜市立大学)と中島浩貴先生(東京電機大学)によるレクチャーおよびグループワークを行います。グループワークでは、事前に講師から出された事前配付資料を題材に、いかに史料上の「言説」を扱うことができるか、参加者同士で議論しましょう。史料上の「言説」に迫るレクチャーを手がかりに、参加者がふと立ち止まって「史料の読み方」や「史料とは何か」を考え、過去の史料を読み解く楽しさと難しさに触れる機会を提供します。

開催概要

日程|2022年2月19日(土)16時〜19時
場所|オンライン(Zoom)で実施します。URLは後日参加者に連絡します。
言語|日本語
参加費|無料
登録締め切り|1月20日(木)正午(ただし、定員になり次第締め切り)

申し込み方法

こちらのフォームに記入ください。https://forms.gle/2swXEwu8Wp4Se82j8
残席僅かとなっています。参加ご希望の方はお早めにお申し込みください。

事前配布資料

参加者には、二人の講師の先生から提示された、歴史上の言説の読み解き方に関する事前配付資料をワークショップ前に確認していただきます。この配付資料は参加者宛に後日配布いたします。

講師プロフィール

速水淑子|横浜市立大学国際教養学部准教授
専門:政治思想、文学、ジェンダー研究
著書に、『トーマス・マンの政治思想:失われた市民を求めて』(創文社2015年、2021年に講談社よりオンデマンド再版)。

中島浩貴|東京電機大学講師
専門:ドイツ近現代史、軍事史
著書に、『国民皆兵とドイツ帝国 一般兵役義務と軍事言説 1871~1914』(彩流社2019年)。

企画・司会峯沙智也(東京大学総合文化研究科・博士課程・ドイツ近現代史)
連絡先minutes.workshop@gmail.com
ワークショップに関連した質問等は上記メールアドレス(峯宛)にご連絡ください。

史料読解ワークショップ「議事録の内と外を読む」開催報告書

2020年10月2日(金)に、史料読解ワークショップ「議事録の内と外を読む」が開催されました。企画者である峯沙智也さん(東京大学大学院博士課程)を中心としたメンバーによる開催記を以下掲載します。

史料読解ワークショップ開催記

ワークショップの概要(峯)

2020年10月2日(金)に、史料読解ワークショップ「議事録の内と外を読む」が開催された。講師として、飯田洋介先生(岡山大学)と山本浩司先生(東京大学)をお招きし、新型コロナウイルス感染症拡大のもと(Zoom使用による)オンライン会議という形で開催が実現した。歴史学を専門とする私にとって、史料との付き合い方について第一線で活躍中の研究者から学ぶことのできる今回のワークショップを開催できたことは幸いであった。

今回のワークショップでは、歴史学に取り組む多くの人が避けては通れない議事録史料を題材に、学部生から、博士課程、そして社会人に開かれたワークショップにすることを心がけた。参加者をSNS等やホームページで募ると、数時間後には、全国(ヨーロッパからも!)の学生や国際機関に勤務する社会人を含む多様な参加者からの申し込みで枠がほぼ埋まった。

参加者には事前に課題が配布し、各自が当日までに準備を行うこととした。当時のワークショップの構成は、前半が飯田先生による「19世紀プロイセン・ドイツの省庁議事録の場合」、後半が山本先生によるイギリス王政復古期(1660-85)の議会史料を読む」の二部に分かれていた。それぞれ先生の講義の後、グループにわかれて事前課題について議論し、その後に全体での質疑応答があった。

以下の各セッションの内容及び開催方法に関する記述は、企画者である峯と協力メンバー(大下・佐藤・安藤)がワークショップ後に話し合った内容を、峯が加筆修正・再構成したものである。続いて、参加者の声を抜粋して紹介している。開催記の文面を確認いただいた講師の先生に御礼申し上げたい。

飯田先生のセッションについて(大下理世)

飯田先生の事前課題の題材は、独仏戦争(普仏戦争)勃発二日前の1870年7月17日にプロイセン海軍省にて開催された会議の議事録である。ヤッハマン海軍中将、ゴルツ海軍少佐、シュテンツェル海軍大尉に加え、外務省からはクラウゼ公使館参事官がこの会議に出席し、その議題は、アメリカでの軍艦購入による〔海軍力〕増強についてであった。事前課題として出されたのは、①この会議の議題は何か、②この議題に対する発言者の主張をまとめること、③議題に対する発言者の所属する省庁の立場の違いを確認すること、④この議事録をより深く理解するには、他にどのようなことをおさえておけばよいと思うか、というものであり、19世紀のドイツ史の前提知識がない参加者であっても取り組みやすかった。

ワークショップの講義で飯田先生は、P. ガイス/G. ル・カントレック監修(福井憲彦/近藤孝弘監訳)『ドイツ・フランス共通歴史教科書【近現代史】』(明石書店 2016)を引合いに出して史料のカテゴリー(政治的文書、行政文書、法律文書、個人的な文書、文学作品など)について説明した上で、議事録(Protokoll)という史料がどのような性格を持ったものであるかを位置付けた。その際、飯田先生は、議事録の語義を確認した後、そこには議事内容と出席者の発言が記録されるものの、それがどのレベルの会議の議事録か(国会レベルか、官公庁のどのレベルか?公開の有無は?)を確認することが、発言内容やそこでの議論の結果を位置づける上で不可欠であると説いた。続いて、事前課題の題材となった議事録が解説された。この議事録には、戦時に米国で軍艦購入することをめぐって、外務省のクラウゼが米国での中立法の故にそれが困難かもしれないことから、極秘に「シェリハ」という人物に現地調査を依頼することを提案すると、海軍側はこれに同意するとともにイギリスでも調査することを推奨したことが記されている。しかしながら、飯田先生はこの問題をめぐって、この会議以前になされた経緯を紹介し、米国での軍艦調達をめぐって外務省と海軍省の間で意見の相違があったことに触れ、その文脈をおさえてはじめて議事録に垣間見られる両者のスタンスの違いに気づくことができるのであって、議事録からだけでは読み取れないことがあること、すなわち議事録そのものに過度に期待せず、他の史資料と組み合わせて読む必要があるとして、本ワークショップの主題でもある「議事録の内と外」を示した。

続いて行われたグループワークでは、それぞれが事前に用意してきた課題の答えにもとづいて議論を行った。オンライン上での議論ということでGoogleドキュメント上に参加者が用意してきた解答を書き込み、それぞれ口頭でその説明を行った。報告者のグループでは、事前課題に熱心に取り組み史料の歴史的背景についても勉強してきた参加者が多かった。飯田先生の講義とグループワークを通じて、報告者は主に二つの重要な点を再認識した。第一に、「議事録から読み取れること」と「議事録だけでは分からないこと」、すなわち、議事録の内と外を意識する必要があることである。ここでいう「議事録の外」とは、軍艦について、あるいは社会情勢に影響を与えた条約について知識や理解を得るための議事録以外の資料である。第二に、議事録を読む際、発言者の主張がその肩書きと立場によって影響を受けていることを意識する必要がある点である。

山本先生のセッションについて(佐藤ひとみ)

史料読解ワークショップの後半では、山本浩司先生が、イギリス王政復古期(1660-85)に行われたストア川の「河川航行事業」に関する議事録と法案を用いたワークショップを行った。 (事前配布資料、当日のスライドと音声はこちら)

今回のワークショップで提示された史料は以下の2つである。1つ目は、1662年3月に庶民院を通過し、同年に法律として成立したストア川関連法の抜粋である。2つ目は、ストア航行法の成立過程を明らかにするために、ストア川法が庶民院で本格的審議を受けた、一連の審議の議事録史料である。

山本先生から事前に提示された課題は、「ストア川法案と地元住民の権利保護の関連性」や、「ストア川法案の内容は、これまでの1688年の名誉革命に対する一般的理解をどのようなに修正し、改める可能性があるか」というものだった。法案が可決する流れを確認する中で、住民による嘆願書が法案の成立を十分に理解するためには重要であることが伺えた。しかし、今回のワークショップでは限られた史料しか与えられておらず、自分たちが検討している史料を歴史の全体像の中で位置付けることの困難さを感じた。議事録の内容を理解するためには、その外側、つまり議事録で言及されている他の史料や社会的背景の理解なしでは、自分が扱う史料としての議事録を全体像のピースとして認識できないのだと痛感した。

また、今回山本先生が使用された史料は、先生が博士論文を執筆する際に実際に用いた史料である。ワークショップが終わったあと、先生からご自身の研究についての解説があった。そこでは、特に、実際の議会の議事録をどのように理解するかという問題と、その史料が研究史的に持つ意義が何なのか二つの層を意識しながら議事録を読むということについて先生自身の経験を交えたレクチャーがあった。

例えばこれまでの研究では、議会主導で市民の権利保護が達成されたのは1688年の名誉革命で、それが経済発展の基礎となったと考えられてきた。しかし、発見した史料を読む中で、イギリス議会は政治的不確実性に直面していた王政復古期(1660-)から、すでに市民の権利や所有権について意識しており、そのことがイギリスの経済発展を可能にしていたのではないか、という仮説が立てられた。さらに史料を検討していく中で、市民の権利や所有権が保護されていたとしても、それは必ずしも「議会主導」とは限らないのではないか?重要なのは権利保護のタイミングではなく、立法プロセスにおける利害関係者の役割ではないか?という、さらに踏み込んだが問いが立てられた。

新たな問いをもとに史料を検討していく中で、ストア法案に直接関係する院外史料や、議会が同時に審議していた事案、王政復古体制の正当性を提示する源泉——これは木版画に描かれた絵と文書から示された——といった史料が新たに発見された。そして、王政復古期には、絶対王政期のトラウマや、市民からの請願書を駆使した、院外政治による「記憶」の利用があったことが明らかになった。こうして、18世紀以降の運河網と経済発展の基礎となる航行河川の延長は、名誉革命以前の1660年代から、院外からの介入をきっかけとして地元住民権利保護と両立する形で行われつつあったことが示された。

歴史を書くために史料として議事録を読む時、私たちは自分の中にリサーチクエスチョンを立て、その問いを下敷きとしながら議事録を読み、パズルのピースとして全体像の中に位置付けようとする。しかし、山本先生のレクチャーから、問題設定は史料読解を進める中で進化することを学ぶことができた。また、自分が扱っている目の前の問いは、大きな物語を再構成することに繋がる可能性があることを、今回のワークショップを通して知った。しかしそのためには、問題設定や史料を制限してはならない。また議事録を読む際には、多様な史料で補って読むことが重要なのである。山本先生のレクチャーを通して、歴史を書く上で問いを修正する重要さ、議事録を読む際に多様な史料で情報を補う必要性、そして目の前の問いをより大きな研究史の文脈に位置付けることの大事さを学ぶことができた。

参加者のグループ分けなどの開催方法について(安藤良之介)

開催方法を検討した者として全体として振り返ってみると、身分、性別、居住地域、興味関心など、様々な属性の方に参加していただけたと思う。この点に関しては、オンライン開催だったことに加え、山本先生、飯田先生という専門地域・時代の異なる先生に講師をお願いできたのも大きかったのではないだろうか。当日のレクチャーでも各先生で異なる種類の議事録を扱い、異なった切り口から解説を加えてくださり、一参加者として学ぶところが大きかった。また参加者の多様性に応じて、学年・性別の割合がなるべく均等になるようにグループ配分したことも工夫のひとつであった。

参加者の声(アンケートより抜粋)

  • (聞けてよかったこととして)史料を読むときは,まず形容詞を外してSVOだけ読む(という読み方)
    (学部生・フランス史)
  • 議事録と他の資料をどのように組み合わせるか、実際の研究例を通して分析方法を説明してくださったので非常に勉強になりました。
    (学部生)
  • 第一線で活躍する研究者の調査手法(「手の内」)を知ることができて有意義で、かつ刺激を受けました。
    (博士課程・フランス史)
  • 史料を探している時、迷走しているようにも感じるが、新しい史料を見つけながら、質問もブラッシュアップしていく」、という話を伺えて良かった。
    (博士課程・チェコ史)
  • 歴史学のすごさが分かりました。一般人が参加できる歴史学講座で嬉しかったです。
    (社会人・国際機関勤務)
  • 一片の史料から歴史が再構築されていく様子が活き活きと語られた点が非常に良かったと思います。
    (社会人・大学教員)

登壇された講師

  • 飯田洋介先生(岡山大学)
    ドイツ近現代史:ビスマルク外交の再検討。
    著書に、『ビスマルク』中公新書、2015年。『ビスマルクと大英帝国』勁草書房、2010年。
    近著『グローバル・ヒストリーとしての独仏戦争: ビスマルク外交を海から捉えなおす』NHK出版、2021年。
  • 山本浩司先生(東京大学)
    イギリス近世史:エリザベス朝期の時代劇や南海泡沫事件の再検討
    著書に、Taming Capitalism before its Triumph, Oxford University Press, 2018。

飯田先生の著書が1月26日に発売されました。最新の研究で使用された史料をワークショップの題材として提供いただきました。実際にワークショップで使用した史料が、飯田先生のご研究の中でどのように議論されているのか、ぜひお確かめください!

飯田洋介『グローバル・ヒストリーとしての独仏戦争: ビスマルク外交を海から捉えなおす』NHK出版、2021年

企画・運営・司会

峯 沙智也(東京大学総合文化研究科・博士課程・ドイツ近現代史)

協力メンバー

大下理世(東京大学ドイツ・ヨーロッパ研究センター・ドイツ近現代史)
佐藤ひとみ(東京外国語大学・博士課程・チェコ現代史)
安藤良之介(東京大学教養学部研究生)

【満員御礼】史料読解ワークショップ第2弾!「議事録の内と外を読む」

【9/8 12:20 追記】
定員となりましたので、参加申込を締め切りました。申し訳ございませんが、これ以降の申し込みは受理いたしませんので、ご了承ください。

【9/6 23:45 追記】
残席僅かとなっています。参加ご希望の方はお早めにお申し込みください。

歴史を学ぶ多くの人にとって、避けては通れない史料——議事録。確かに、「議事録は議論を正確に記録した史料だ!」と楽観的に考える人は多くないでしょう。しかし、議事録との向き合い方・ひもとき方・読み解き方について、集中的に、大学・学部の垣根を超えて議論したことのある人は少ないのではないでしょうか。

この度、歴史家ワークショップでは、史料読解ワークショップ・議事録編をオンラインで開催することになりました。歴史学を専攻する大学生・大学院生だけでなく、ひろく歴史に興味のある方に向けた内容になっております。

本イベントでは、企画者の峯による司会進行のもと、講師の山本浩司先生(東京大学)・飯田洋介先生(岡山大学)によるレクチャーおよびグループワークを行います。グループワークでは、事前に講師から出された事前配付資料を踏まえて、史料としての議事録の扱い方を参加者同士で議論します。議事録の「内」と「外」を読み解くようなレクチャーを手がかりに、参加者がふと立ち止まって「議事録の読み方」や「議事録との向き合い方」を考え、過去の史料を読み解く楽しさと難しさに触れる機会を提供します。

開催概要

日程|10月2日(金)18時〜21時
場所|オンライン(Zoom)で実施します。URLは申し込み後に参加者に連絡します。
言語|日本語
参加費|無料

申し込み方法

こちらの Google Form に必要事項を入力ください。

登録締め切り|9月18日(金)(ただし、定員になり次第締め切り)
※定員となりましたので、申し込みは締め切りました。

事前配布資料

参加者には、二人の講師の先生から提示された議事録の読解に関する事前配付資料をワークショップ前に確認していただきます。この配付資料は参加者宛にメール等で配布いたします。分量はそれほど多くありません。

講師プロフィール

山本浩司|東京大学大学院経済学研究科准教授
イギリス近世史:エリザベス朝期の時代劇や南海泡沫事件の再検討
著書に、Taming Capitalism before its Triumph, Oxford University Press, 2018

飯田洋介|岡山大学大学院教育学研究科准教授
ドイツ近現代史:ビスマルク外交の再検討。
著書に、『ビスマルク』中公新書、2015年『ビスマルクと大英帝国』勁草書房、2010年

企画・司会|峯 沙智也(東京大学総合文化研究科・博士課程・ドイツ近現代史)
連絡先|minutes.workshop@gmail.com
参加申し込みの受領連絡および事前配付資料が届かない場合は、上記のメールアドレスにご連絡ください。

史料読解ワークショップ開催レポート②

*こちらは史料読解ワークショップ開催レポートの後編です。前編はこちら。

大学院生対談 —史料読解ワークショップに参加して—

◇問題意識と参加のきっかけ

中山:ワークショップを企画し、当日の司会を務めさせていただきました、東京女子大学修士に在籍している中山恵と申します。ドイツ近現代史の中でも、ヴァイマール共和国時代の戦死者記念について研究しています。ワークショップの企画をした動機は、学部時代、卒論を書くまでに、史料を実際に読んでみたり読み方を学んだり考えたりする機会がなかなかなかったことに気付き、これから修論を書くに当たって勉強したいと考えたからです。個人的に、ぜひ藤野裕子先生と小野寺拓也先生から史料に関するお話を伺いたくて、ワークショップへの登壇をご依頼したところ、ご快諾いただき企画が実現しました。

今回はワークショップを振り返るために、記事の執筆にも協力をいただいた同じく大学院生の浅井さんと奥田さんをお招きして対談の場を持ちました。本日の対談はちょうどワークショップ開催から1か月後となりましたね。それではまず、お二人にワークショップに参加した動機を伺いたいです。

Continue reading “史料読解ワークショップ開催レポート②”

史料読解ワークショップ開催レポート①

* こちらは史料読解ワークショップ開催レポートの①前編です。②後編へのリンクはこのページの最後にあります。

趣旨説明

文責:中山恵(東京女子大学修士1年)

2019年7月8日、「史料読解ワークショップ」を開催いたしました。

歴史学研究において避けては通れない、いや醍醐味でもあるといえる一次史料の読解と史料批判。しかし、歴史学を学ぶ学生にとっては、史料読解や批判に関する学びや訓練の場は必ずしも十分とは言えず、特に専門分野を横断しての、史料へのアプローチ方法の共有や議論の機会はこれまで少なかったのではないでしょうか。そうした問題意識のもと、史料読解について日本史からは藤野裕子先生、ドイツ史からは小野寺拓也先生からお話を伺い、参加者のみなさんと議論することで、専門性を掘り下げるだけでなく領域横断的にも知見を得られる場を作りたいと考え、今回のワークショップを企画しました。

まず、藤野先生と小野寺先生に対談形式でお話しいただき、その後、藤野先生と小野寺先生のワークショップへ移りました。そして実際に史料の読解と解釈にも取り組みました。藤野先生のワークショップではその場で初めて配布された史料を読み、小野寺先生のワークショップでは事前課題として読んできた史料に関する問いの答え合わせと、「問いを立てる」作業にそれぞれグループごとに参加者のみなさんと取り組みました。

今回、大学院生から教育機関ないし在野の研究者、高校の教職員といった、一分野の研究者に限らない幅の広い層の方々にご参加いただきました。その様子を以下に、それぞれ簡潔にではありますがご報告いたします。

Continue reading “史料読解ワークショップ開催レポート①”

2019年7月8日 史料読解ワークショップ~裁判記録とラブレター~開催のお知らせ【満員御礼】

一次史料を読む際にどのようなことに気を付ければいいのか。そして、どのようなことを読み取ることができるのか、できないのか——。

今回のHistorians’ Workshopでは、二人の歴史家をお呼びして、戦前日本の裁判記録と、第二次世界大戦中に書かれたラブレターをみなさんと一緒に読み解きます。

◇歴史家プロフィール
◆藤野裕子 
 東京女子大学 准教授。(日本近現代史:民衆史、ジェンダー史研究)

◆小野寺拓也
 東京外国語大学 特任講師。(ドイツ近現代史:日常史、ナチズム研究)

◆日時:2019年7月8日(月)18:30開場、19:00開始~21:30終了
◆会場:東京大学本郷キャンパス小島ホール2階 第3セミナー室
◆事前登録締め切り:6月28日
◆参加無料

◇タイムテーブル *〔〕:担当者
19:00 趣旨説明
19:10 基調対談〔藤野×小野寺〕
19:30 ワークショップ①〔藤野〕
20:15 休憩
20:25 ワークショップ②〔小野寺〕
21:10 まとめのディスカッション
21:30 終了

◇開催趣旨
歴史学研究において避けては通れない、いや醍醐味でもあるといえる一次史料の読解と史料批判。
しかし、歴史学を学ぶ学生にとっては、史料読解や批判に関する学びや訓練の場は必ずしも十分とは言えず、特に専門分野を横断しての、史料へのアプローチ方法の共有や議論の機会はこれまで少なかったのではないでしょうか。
そこで今回のワークショップでは、史料読解について、日本史およびドイツ史をご専門とされる二人の歴史家からお話を伺い、参加者のみなさんと議論することで、専門性を掘り下げるだけでなく領域横断的にも知見を得られる場としたいと考えています。さらに、参加者のみなさんと、実際に史料の読解、解釈にも取り組んでいきます。

◇登録方法
参加人数に限りがありますので、グーグルフォームにてお早めにお申し込みください。(6月28日締め切り) 【満員御礼】6/22(土)現在、定員に達しましたので、一旦締め切らさせていただきます。たくさんのご登録ありがとうございました。 もし追加募集があれば、再度ご案内いたします。

◇事前課題
参加者にはメールにて事前課題のご案内をいたします。課題内容は以下の2つを予定しています。
・ラブレターの史料(日本語翻訳)を読み、問いについて考える。
・裁判記録に関する事件の概要をつかむ。

◇会場地図 東京大学本郷キャンパス 本郷三丁目駅から徒歩約10分

企画・連絡先:中山恵(東京女子大学 歴史文化分野)
nagatzki0905[at]gmail.com