安平弦司さんの論文がPast & Present誌に掲載されました

この度、本会運営委員でもある安平弦司さん(日本学術振興会・武蔵大学・ユトレヒト大学)が執筆した論文、‘Transforming the Urban Space: Catholic Survival Through Spatial Practices in Post-Reformation Utrecht’が、英歴史学雑誌Past & Presentオンライン版(advance access)に2021年12月13日(日本時間)に掲載されました。

1952年創刊のPast & Present誌は、英語圏でもっとも著名な総合歴史雑誌の一つとして知られ、本誌から論文を出版することに成功した若手研究者は、その分野の新たなリーダーとしてひろく認知されます。安平さんの論文はオープンアクセス化されており、末尾のリンクから全文を無料で閲覧・ダウンロードできます。紙媒体としては255号(2022年5月)に掲載予定です。

安平さんが公表された論文は、2019年10月から2020年3月にかけて開催されていた第2期英文校閲ワークショップや、2019年11月開催の原稿検討会にて検討したものです。日本に拠点を持つ西洋史研究者としては、前例のない快挙です*。歴史家ワークショップ一同、安平さんの快挙を祝い、今後ますますのご活躍を期待しています。

【論文要旨】
 プロテスタント宗教改革や対抗宗教改革・カトリック宗教改革の後、近世ヨーロッパに生きる人々は宗派的に分断されました。とはいえ、ヨーロッパの全ての地域が宗派毎に綺麗に塗り分けられたわけではありません。実際には複数の宗派の人々で構成された共同体も多く、彼ら・彼女らは、異なる信仰を持つ者同士の共存という、現代に生きる我々にとっても喫緊の問題に直面していたのです。
 これまで歴史家は、「オランダ黄金時代」(17世紀に相当)を近代の先駆けとして描き、オランダの宗教的寛容を西洋近代の一里塚とみなしてきました。オランダ共和国(1588-1795年)は改革派(カルヴァン派)を唯一の公認宗派としていましたが、実際には数多くの非公認宗派の人々が暮らしていました。従来、オランダ共和国における宗派共存の歴史は、カトリック等の政治宗教的マイノリティをときに迫害し、ときに寛容する、改革派の「上から」の視点で主に描かれてきました。しかし、宗派共存の歴史を批判的に再考するためには、ときに迫害され、ときに寛容された者たちの「下から」の視点を回復せねばなりません。拙稿は、非公認宗派の中で最大勢力を誇りながらも、潜在的な国家反逆者の烙印を押されていたカトリックの経験に注目することで、17世紀のオランダ共和国における宗派共存を描きなおそうとしています。キーワードは「空間実践」です。改革派が支配する多宗派都市共同体において、カトリックがカトリックとして信仰を捨てずに生き残るために、どのように都市空間を利用し、改変し、新たに創出していたのか、ということに光をあてました。
 拙稿は、オランダにおける改革派とカトリックの抗争の中心地であった、17世紀のユトレヒトの事例を取り上げています。オランダの他都市同様、ユトレヒトも16世紀末にプロテスタント宗教改革を導入し、カトリックの集会・信仰実践を非合法化しました。その後も改革派の公権力は反カトリック法令を次々に発布し、都市においてカトリックがカトリックとして生きるための空間を戦略的に剥奪していきました。しかし、こうした差別的状況下にあっても、カトリックはときに中世以来のやり方で都市空間を使い続け、ときに近世の宗派共存環境に適合させるように都市空間を奪い返しながら、私的な家の中のみならず、旧修道院や施療院といった公共施設においても信仰実践を続けていました。そうした様々な、中には攻撃的とさえ形容できるような「空間実践」を戦術的に動員することで、カトリックはカトリックとして生きるための空間を都市の中で積極的に創り出すのみならず、ユトレヒトを中世の単一宗教都市(中世以来ユトレヒトはユダヤ人に市民権のみならず居住権すら与えていませんでした)から近世の多宗派都市へと転換させてもいたのです。ユトレヒトのカトリックは、単に迫害が過ぎ去るのを耐え忍び、為政者や政治宗教的マジョリティから与えられる寛容を待ち望むだけの受動的な存在ではありませんでした。ユトレヒトの事例は、複数宗派が共存する都市空間を形づくる際に、政治宗教的マイノリティが担っていた驚くべき役割を示唆してくれているのです。
(安平)

論文リンク: 
‘Transforming the Urban Space: Catholic Survival Through Spatial Practices in Post-Reformation Utrecht’

*「日本人著者としてのPast & Present誌掲載は、約40年ぶり」としておりましたが、2013年に米大学在籍の日本人著者の論文掲載があったため、訂正いたしました。


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